お母さんとのデート③

「華の言ってた喫茶店ってここのことだよね?ーー有名な喫茶店だけあって凄い人気だね。人が沢山並んでるよ。」

「う、うん。そうだね。」


赤茶色で出来た古風の屋根に、ほんのり薄いレモン色をした外見をする喫茶店。窓から店の様子を覗くと、お皿を何枚もおぼんに乗せて慌てたように食器を片付けていく店員から、大盛況だということが一目で伝わってくる。店の入り口では人が数人並んでいて、一狼達もその列に並んだ。


「華は何か好きな食べ物ってあるの?ここでのイチオシとか。」

「ええっと………うん。そう。カルボナーラとか美味しいよ。いつも食べてる。」


大嘘である。

いつもコンビニで昼飯をとっている彼女が、こんなお洒落な店に行く筈がない。そもそも、彼女は店に並ぶということをしない。店に並ぶくらいなら、コンビニで済ませた方が楽と考えているのだ。そんな彼女は、こんな混んでいる場所で何十分も待ってまで食事なんてしないし、これからもすることはないだろう。

だが、今は彼氏となっている一狼が居るのだ。

ここまで一狼に悪戯やら何やらで一狼にリードされてきた華は、年上として大人らしさをみせたい。お洒落な女の子だと、一狼に思わせたかったのだ。


「もしかして、華ってカルボナーラ好き?俺もカルボナーラ好きでさ。でも、昔ルボナーラ好きって言ったら子供っぽいって言われちゃって……子供っぽく見られたくなかったから、カルボナーラを食べるの止めた方がいいのかなって思ったりもしたんだけど。ーーこうして華もカルボナーラ食べてるとなると、カルボナーラ食べてもいいんだって思えて嬉しくなるな。」

「一狼はカルボナーラ大好きなんだね~」


一狼の心底嬉しそうでエロチックな笑顔が見れた自分の方が嬉しいに決まってる。

満面の笑みで笑いかけてくる一狼に心の中でこっそり呟くと、動揺してないように自然体で言葉を返すと、周囲から物凄い嫉妬に満ち溢れた視線に気付く。一狼に向ける視線は見ていて吐き気がするほど気持ち悪い顔をしているが、その隣の私へは凄い圧だ。殺気や嫉妬が混じった物凄い濃密な視線。男運の無い女の嫉妬は怖いなと、煽るように女共にやれやれと言った顔を見せる。


現在喫茶店の店員や客含め、全員の視線はタキシードを着た男性にある。目の前の喫茶店の人気のスイーツやパスタでも無く、全員の視線の先は全て突如並び始めた男で、とんでもないイケメン。街に出歩く筈のない男がどうしてこんな場所にーー全員が全員男独特のトーンの低い声が聴けるかもと、耳に手を当てて必死に彼に耳を傾けている様子は外から見たら異様であり、全員が全員同じ行為をしているので恐怖すらも感じる。有名で人気な喫茶店であっても、並びたいとは思いたくないだろう。……まぁ、彼の姿を見たら直ぐにその光景に激しく同意してしまうが。


そんな彼女達は、突如鼻血を吹き出す。

それも全て、エンジェルスマイルという名のその場を赤く染める悪魔のような一狼の笑顔にある。

一狼を産み、生んでから何度も一狼を見てきた華ですら、鼻血を出すか出さないかな危険なラインなのだ。しかも、そのエンジェルスマイルだけでも恐ろしいというのに、一狼の今日の姿は華とのデートに合わせたタキシードの執事姿。男性経験の少ない、もしくは男を見たことの無い彼女等に一狼のエンジェルスマイルが耐えられるわけもなくーー

華へ向けて物凄い嫉妬を込めた視線を向けた後、店内を真っ赤に染めるように鼻血を噴出。中には、衝撃のあまりそのまま店内の床へ向かって倒れる者も。


喫茶店は稼ぎ時のランチタイムの時間に突如閉店。突如閉店してしまった店に一狼は不満を覚えたが、鼻血を大量に噴出させてしまったこと、鼻血だらけの空間に居るのが嫌になったこと。

喫茶店は諦めて、近くにあるナルドナルドというバーガーショップに行くことにした。


■■■


「いらっしゃいーーませっ!?」


油の匂いのする独特なハンバーガー店に、突如現れた執事様に目を疑う。圧倒的美貌に、鍛えているのかスラッとしているのに浮き出ている肩や腕。胸元を見てみると少しボコッとしていて、硬そうだ。自分の体とは違って、どんな触り心地なんだろう。硬いのかな?それとも意外と柔らかいのか?自分の中で芽生えてくる欲望を必死で抑えながら、笑顔を浮かべながら執事様に目を向けた。


「ご、ご注文は何に致しましょうか?」

「それじゃあーーー」


差し出したメニュー表をまるで子供のように楽しそうに見つめる執事様。その姿はクールな雰囲気とは違い無邪気な子供みたいでーー可愛い。首を傾げたりしながら、必死に考えている様子は眼福であり至福だ。給料がいい為ここでのバイトを面倒臭いと思いながらもやっていたが、むしろこの姿がこんなに近くで見れるのならお金を払ってでもやらせていただきたい。


時間にして三十秒。体感にして三秒。

楽しい時は早く時が過ぎるというが、本当にそうらしい。

一つ一つの細かい仕草に注目して見ていると、気付けばもう頼む物は決めたらしく、執事様は財布を取り出してお金を探していた。

………ヤバイ、仕草に集中してたあまりメモとってないや。


手元にあるメモを見ると、何度見ても白紙。

今まで注文を書き忘れるなんてミスをしたことなんて無いが、初めての男性客ーー執事様だけあって、書くという行動を忘れてしまっていた。


「す、すみません。もう一度注文内容を確認、し、してもよろしいでしょうか?」

「大丈夫ですよ。初めはーー」


執事様の蕩けそうになる声を頼りに、ペンを走らせて紙にメモを残していく。やはり男性の声とはいい物だ。聞くだけで感情が自然と高ぶる。本来なら折角の機会だし、ボイスレコーダーで録音して後で聴き直したいが、生憎仕事中ともあってそんなもの持っていない。周りの女共は、気付けばスマホを彼に向けて動画を撮っているーーずるい。ずるい。何で私だけ動画を残せないんだ。


「ありがとうございます。それでは△△番の札をお渡ししますので、△△番が呼ばれると思うので、そうしたらカウンターに来てください。」

「わざわざ説明ありがとうございます。それではーー」


欲を言うなら、もっとお話したかった。

しかし、執事様は女性なら確実に急所に当たるであろう魔の笑みをこちらへ向けると、テーブル席が多く並べられている階段を登って行ってしまった。……執事様とは、また喋れるのだろうか?


そんなことを思っていると、物凄い嫉妬を含んだ目を持った職場仲間に、休憩室へと運ばれた。





「それじゃあ買ってきたよ。一応華の好きそうなのにしてきたけど、これで大丈夫?」

「う、うん。あ、ありがとう♪」


わざわざ自分の好みをわざわざ選んで買ってきてくれた。

そんな一狼に、華の心はとても充実感で満ち溢れていた。

一狼から渡された袋の中には、一番好きとでもいう訳ではないが二番目に好きなチーズエッグバーガーが入っている。一番のエビチーズバーガーが食べたくないわけじゃないが、二番目を当てられたのは一狼に自分のことが理解されているようで嬉しい。ヒント無しで二番目を当てられたのだ。これはもう、心が繋がっているといっても過言ではない。それに、わざわ自分の為だけに時間を掛けて買ってきてくれたのだ。もう、それだけで本当に幸せだ。


華は一狼の買ってきたハンバーガーにかぶりつくと、 ナゲットに手を出そうと箱をハンバーガーを持っていない手で開けようとする。しかし、その手は一狼によって止められた。


「片手でハンバーガーを掴みながら、ナゲットに手を出すってどれだけ食欲旺盛なんだよ。もうしょうがないな。ほら、口開けてーーー」


一狼はナゲットを箱から一個取り出すと、華の口の前に動かしていく。そのナゲットを目で追う華は、目で追っている内に気付く。ーーあれ?もしかして、あーんされるのではと。そんな華は、ナゲットが近付く度に周りからの殺を強く向けられる。周りの注目は、勿論イケメンで執事のようなタキシードを着た一狼。一狼が華の口元に近付いている間、彼女達は頭の中で自分にされていると記憶して、今にも襲いかかるようにグヘへと表情を崩していた。ーー華への殺意を忘れずに。


「んんっ!?」

「ーーどう、美味しいか?」


入れられた。

細くていい匂いのする人差し指が、ナゲットをそっと華の中に入れた。

入れられて感じるのは、ナゲットに付けられたソースの味やナゲットの味ではなく、幸福感。ーーそして、ついに華の体の抑えていた感情が動き始める。えへへ。襲っちゃってもいいんだよね?だって、ずーっと我慢して抑えてたのに、一狼がこんなにも性悪な悪戯をしてくるんだから。一つに重なって、気持ち良くなりましょ?


華はそのまま一狼の座っているソファーに、一狼を押し倒す。

一狼は、姉との経験を思い出したことを瞬時に理解する。しかし、もう遅い。姉よりも体全体が一回り大きく、より可憐で大人らしい体をしている華は、一狼を逃がさないように一狼をソファーに固定する。


「もう襲っちゃってもいいよね? 今日だけとはいえ、カップルだもんね?えへへ。いい匂いがするし、ぞくぞくが止まらないよ~それじゃあ、いただきます。」

「ーーさぁ?いただかれるのはどっちかな?」


自分がされたように、一狼は逆に華を押し返す。

周りで記録映像を撮っていた者や、場の流れに乗ってヤれるならヤろうと服に手をかけていた者は、一狼の行動に疑問と共に衝撃を感じる。


この世界での性行為というものは、女性が男性にお願いしてやるというのが常識だ。この世界の男性において、性欲というものはない。別に男としては、性行為をしたいとも思わないし、やる意味はないと捉えている。だから、そんな男性に女性はヤらせてくれとお願いする。しかし、男性にとっては性行為をやりたいとは思わない。むしろ、こんなに女性が近いのは恐怖を感じる。


女性が無理矢理男性を襲うことは沢山あるのは、どうせ断られるから。溜まりに溜まった女性は男性を襲ってしまうことはあるが、それは一時の至福であり後にとって地獄である。男性は容赦なく襲ってきた女性をほぼ牢屋にぶちこむ。


だから、牢屋に入れられてもいいから、女性達は男性を見つけると本当の衝動に走って襲おうとするのだ。今回の場合は嫌われると思って我慢していたが、一狼に膝枕をされたりお姫様だっこをされたり、口元でのあーんをされたことで我慢が抑えられなくなり、華は一狼を無理矢理襲うことにした。


ーー近くに居たらまず嫉妬を受ける彼女だが、逆に今まで我慢していたとなると、それはもう辛いとしかいいようがない。本能との勝負だ。


華は一狼を襲おうとしたことに一種の見切りを付けたが、これはどういうことだ。一狼に逆に押し倒されて、ソファーの上に固定されているではないか。想像していた形とは全く違うものになったが、嫌な気はしない。彼女は、興奮した様子で一狼に言葉を返した。


「どういうことなの?もしかして、一狼もしたかったとか?そんな風に思われてたなら嬉しいな。」

「ーーあぁ、そうだな。思っていたよ。華を襲えるならってーーー」

「ん!?」


自分は何を言われているのだろうか。

華は一狼の言われたことを理解するように、全細胞を使ってその言葉についての答えを出す。出てきた答えは、一狼も自分とヤりたかった。出てきた答えに、今だ実感が湧かない。冗談で彼女は一狼も自分と同じでヤりたかったのではと言ったのだが、冗談ではなくて本当のこととなるともうそれは感情の爆発である。それはもう幸せが何乗にもなったもので、彼女の頭の中ではドーパミンが溢れる。


「ーーだけど、俺は軽い気持ちでその行為をしたくない。一時の感情でその行為をするのは、間違っていると思う。俺が言いたいのは分かるか?ーー華。結婚を前提に…その…付き合ってもらえますか?」

「ーー答えは行動で返してもいいよね?」

「ちょっと早い早い。まだご飯残ってるし。ヤるとしても人前じゃなくてですね……真っ暗な部屋とかでやりましょーーって、やめろおぉぉ!!」


始めに言っておくが、この世界での血の繋がった人と結婚するのは許されている。だから親子同士でそういう行為をするのも……まぁ、政府は特にお咎めなしだ。そういう行為がまず行われない現状において、子が増えて男の子が増える可能性が少しでもあるのなら、どうだっていい。


この事実をテレビで見て知って衝撃を受けた一狼だが、一狼は母とはいえ出会った時から華へ恋愛感情を抱いていた。一生懸命華に看病されたことに、幸せと安心を。病み上がりで少し感情は狂っていたとはいえ、そこには恋という感情が実っていた。

そんな一狼は、恋をした相手ーー華と家を共に過ごしていく度に、日に日にその思いは強くなっていく。先程お姫様抱っこをする前に言った言葉だが、あれは少し強がったとはいえ本心である。綺麗で美しいと思うし、可愛いとも思うし、守ってやりたいとも思う、そんな相手から一狼は襲われたのだ。この世界での男達と違って、一狼には襲うという本能が根付いている。本能のままに動いてしまうのは仕方ないだろう。

しかし、一狼には強く本心がある。

ーー軽い気持ちでそのようなことはしてはいけないということだ。


一狼は、産まれてきて子供のことも考えてその行為をしようと考えている。別に、女性としては子供を産むことが軽く義務化される世の中、パートナーの男に裏切られて子供だけ残されても別に何とも思わずに育てるが、一狼は違うのだ。産まれてきた子供に対する責任感というものが人一倍強い。それは、一狼自身酷い親の元で育った為である。だからこそ、自分のような子供が出ない為にも、少なくとも自分では子供が幸せに生きれるようにと、自制心を持ってその行為をすると、ずっと心の中で決めていた。

だから、華に結婚を前提に付き合ってとーーーー告白をした。


華としては将来が確定したような物で嬉しいとしかいいようがないが、一狼にとっては緊張そのものだ。男性からの告白を女性が断るわけないのだが、断られて集団から同情の目を向けられていた奴が多く周りに居たので、自分もその一人になるのではと不安を抱いていた。


だが、答えはYES。

もはや未来など簡単に想像出来たものだが、その答えはーーはいだ。

華としても優しくなった一狼に以前より深い愛情を持っていたし、そこには母性とはまた違った感情も入り交じっていた。

娘達とは違ってまだ自制心がある華も、告白という物語の中でも一番盛り上がる部分をされてしまっては、感情を抑えられるわけがない。


既に周りは退場。

一狼と華のいちゃつきを自分に置き換えて妄想した為、鼻血垂らして床でおねんね状態である。

鼻息を荒げながら頬を真っ赤に染める華に、一狼はせめてもの思いでトイレを指差すと、少し経った後トイレからはいやらしい声が響く。



……再び手に取ったポテトは、パサパサで硬くなっていたとだけ言っておこう。





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