家族⑤

「ねぇ薫、そこ退いてくれないかしら?一狼の膝はお母さんが座る予定なんだけど?」

「お母さんが座ったら、お兄が潰れちゃうからそれは駄目だよ。だから、お兄の膝はかおりの特等席!!」

「ねぇねぇ。一狼はお母さんに乗られても、潰れたりしないわよね?」


現在、リビングでは俺の膝の上を巡って妹の薫とお母さんが争っている。

妹を寝かせつけた後、お母さんと一緒に女性しか出てこないお笑い番組をリビングで見ていたら、妹のかおりが階段を下りてリビングにやってきたので「俺の膝に座るか?」と聞いたら、発生した案件だ。


「お母さんが座っても大丈夫だよ。」

「ほら。一狼だって大丈夫って言ってるじゃない。だから、お母さんが座っても大丈夫なの。」

「……それ、お兄が優しさで言ってるだけじゃないの?だって、男の人ってか弱いんだよ?お母さん何かが座ったら……」

「……かおりの今日の晩御飯は、用意しなくていいかしら?」

「ちょっ、それはずるじゃないの?お兄ぃ~お母さんが苛める~」

「かおりだって、それはずるよ!! 一狼に言うのは駄目よ。」

「それじゃあ、お母さんは後で乗せて上げるから。今はかおりに譲ってあげて。」

「本当!! 一狼、嘘じゃないよね?」

「うん。後で乗せて上げるね。」


拳を大きく上に挙げてガッツポーズを取るお母さん。

かおりはお母さんのことを重たいと言いたいようだが、ぱっと見そうは見えない。今膝の上に乗せているかおりは、ちゃんと食べているのか疑うくらい軽いが、お母さんもモデルとまではいかないがスラッとした体型で、太っているようには全く見えない。だから、俺はお母さんも後で膝の上に乗せて上げることにした。まぁ、多少太っていたとしても乗せていたとは思うけど。……それに、家族同士での喧嘩とか見たくないしね。


「お兄の膝ぽかぽか。」

「あぁ。俺もかおりと一緒にいるからぽかぽかだ。」

「くっ……私も後で一狼といちゃいちゃしてやる。」


ピンポーン。

玄関からのチャイムだろうか?

幸せそうなかおりを膝に乗せ、かおりとのびのびしながらテレビを見ること数分。

突然その音は聞こえてきた。


「桜が部活から帰ってきたのかしら?」

「さくらって誰ですか?」

「お兄のお姉ちゃんだよ。記憶喪失だから忘れちゃってるんだね。」

「お姉ちゃんの名前か。」


俺は見たこともないお姉ちゃんの姿を想像する。

お母さんのようなアイドルのような見た目をしているのか、それともかおりに似てアニメのヒロインに出てきそうな甘えてくる系の姉なのか。どちらにせよ、美しいことは変わらなさそうだ。お母さんとかおりかこんなに可愛いわけだし、お姉ちゃんだけ美人でないという可能性は低いだろう。


かおりのさらさらとした艶のある髪を撫でながら、お母さんの出ていった扉を見つめていると、扉がもの凄い勢いで開いた。


「一狼。大丈夫か。記憶喪失って聞いたけ……どぉっ!!」

「お姉ちゃん大丈夫ですか?」

「一狼がお姉ちゃんって言ってくれたぁ!!!……って、かおりは何でそんな幸せそうなことして貰ってるんだぁぁ!!」


息を荒くしながら凄い勢いで近付いてくるお姉ちゃん。


やはりお母さんと妹のかおりと同じで、黒い艶の髪を持っている美女で、お母さんのような妖艶さとかおりの可憐さを兼ね備えてい

る。


それでも、お母さんと妹のどっちに似ていると言ったら、多分アイドルに居そうなお母さんに似ているだろう。


……でも、こんなアイドル居るのか?


現在俺の目の前にいるお姉ちゃんことさくらは、顔を真っ赤に染めて、何やら荒っぽい息を立てている。荒っぽい息は耳を澄まさずとも自然と聞こえる程音が大きく、発情している野生の動物のようにも見える。


「なぁなぁ一狼………それは、お姉ちゃんにもして貰えないのか?」

「えっ……まぁ、大丈夫だけ…」

「駄目だよ。お兄の膝はかおりの席だから。」

「……桜が乗るとしてもお母さんの後よ。」

「………とりあえず、乗らせて貰えるんだよな?」

「うん。いいよ。」

「やったぁぁぁぁ!!!」


鼓膜が破れそうな勢いで喜びを叫びだすお姉ちゃん。本能か、一瞬襲われてしまうのかと思ったが、襲われなくてよかったと安堵している自分と、あのまま襲われていたらどうしていたのだろうと二つの自分が居たことに自分自身驚いた。……襲われていたら今頃はどうなっていたのだという心残りがあるのを、俺は信じたくない。


「それじゃあ桜も帰ってきたことだし、夕食の準備しましょ? ほら、薫も手伝って? 」

「……私はお兄の膝の上に居られるこの時間を盛大に楽しむから、無理。」

「お母さんに協力出来る子が好きだなぁ~? そんな子、何処かに居ないかなぁ~?」

「ーー仕方がないなお母さん。手伝ってあげるから、何でも言って。」


俺がそうかおりの耳元で呟くと、薫は勢いよく俺の膝を降りて、食器の準備をしにお母さんの元へ行った。働かざる者食うべからずと言うし、かおりに全ての仕事が奪われる前に手伝いをしにいかなければ。


俺も立ち上がり、お母さんの元へ歩いていく。前世と比べ、この世界の家族は楽しそうだと思った。



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