第36話 楽しい夏祭り

 もともとちょっと外を見るだけのつもりだったから、いちど家に戻る。

 ありすも準備をするからといって自分の部屋に戻っていた。

 しばらくの間はゆっくりと部屋で休んでいたが、不意にタンスの上からミーシャの声が響いてくる。


「今日は朝から賑やかなことだね」

「今日は夏祭りみたいだからね」

「それは知っているよ。君の小さな脳みそでは覚えられないかもしれないけれど、ボクはこれでも物覚えはいい方なんだ。そうではなくて、君たちの事だよ」


 おそらくはさきほどのやりとりの事を言っているのだろう。


「まぁ、祭りに浮かれる気持ちはわからなくもないけどね。しかし彼女の前で他の女の子を褒めるのはいただけないね」


 やっぱりさっきの話を聴いていたようだ。


「そうはいってもああ訊かれたら、可愛くないとは言えないじゃないか」

「それならそれ以上に彼女を褒めたらどうだい」


 ミーシャは大きなあくびを一つもらしながら告げる。

 確かにありすの事も褒めるべきだったかもしれない。


「君はそういうところは素直で好感が抱けるよ」


 僕の内心を読み取ったかのように告げると、それからふすまの方へと視線を送る。


「そろそろ時間だね。楽しんできてくれたまえ」


 ミーシャが告げるとと共に、ふすまの向こうから声をかけられる。


謙人けんとさん、準備ができましたか? 良かったらそろそろいきましょう」


 そういってふすまが開くと、そこには浴衣姿のありすが立っていた。

 古典的な花の模様の柄が入った華やかな、それでいて落ち着いた浴衣だ。

 三つ編みと麦わら帽子だけはいつもと変わらなかったけれど、それでもいつものありすよりもずっと大人びて見える。

 少しぼうっとしてありすをじっと見つめていた。


「どうかしましたか?」


 ありすが僕をのぞき込むようにしてたずねてくる。


「いやあんまり綺麗だったから」


 僕は思わず口にしていた言葉に、ありすの頬に紅が差していた。


「わわわっ。あ、ありがとうございます。えへへ……」


 ありすは嬉しそうに笑っていた。


「じゃあ行きましょうか」


 ありすの言葉に僕も頷く。

 二人で外へと向かっていく。そして夏祭りが始まっていた。






 村の中で奈々子さんが外でスイカをきって並べていた。

 どこからか綿菓子の機械をもってきてあって、自分で作って食べられるようになっていた。

 ありすと二人でスイカも食べて、綿菓子も作ってみた。

 途中でかなたもやってきて綿菓子を作っていたが、うまく丸くならないと嘆くので、代わりに作ってあげたらロリコン扱いされた。


 こずえが急に水鉄砲で僕を狙ってきたりした。濡れた僕をみて笑っていた。

 けんさん達が神輿を担いでやってきていた。途中で無理矢理僕も巻き込まれた。

 横でありすがついて歩いて、僕を見ながら笑っていた。


 村の雄志の笛太鼓の演奏が続けられたりした。ありすと二人で眺めていた。

 二人で一緒に夏祭りを満喫していた。


 特に大きな何かがあるわけじゃあない。だけどみんなで祭りを盛り上げて、僕達は楽しく過ごしていた。

 まるで僕もずっと村の一員だったかのように受け入れてくれて。楽しく楽しく過ごしていた。

 だからお祭りの時間はあっという間に過ぎて、やがて少しずつ空も暗くなっていく。


 だけど今日はいくつも提灯が出ていて、いつもの暗さは感じなかった。

 春渡しを行った神社にはいろいろと飾りがされていて、ここでも笛太鼓が響いていた。

 明るい楽しい夏祭りだった。


「昨日もいいましたけど、今年は特別に最後に花火が上がるらしいですよ。少しだけですけど」


 ありすが楽しそうに告げる。

 花火か。それは楽しみだなと思う。こんな村で花火を上げるのはたぶん大変な事だと思うけれど、今日はそれだけ特別なお祭りだという事なのかもしれない。

 お祭りは滞りなく進んでいた。そして楽しく何事もなく過ぎていく。


 盆踊りがあって、みんなで輪になって踊った。

 あかねとこずえが巫女姿になって、軽く舞を踊ったりもした。あかねを見ていたらおっぱい星人だと言われた。

 巨大な石をみんなで持ち上げて、誰が一番長く担いでいられるか試していた。けんさんが見事に優勝して自慢していた。そんな健さんを奈々子ななこさんが笑顔で見つめていた。


 夏祭りもやがて終わりが近づいてきていた。

 人も少しまばらになっていたような気がする。

 少しだけ寂しさを感じていたところに、向こう側にかなたの姿が見えた。


「あ、謙人お兄ちゃん。ありすちゃん」


 僕達をみかけて大きく手を振ってくる。そしてそのまま僕達の元へと駆け寄ってきていた。かなたは大きな袋を手にしていて、半分は引きずるようにして僕達の元に近づいてくる。


「かなたちゃん。何してるの」

「いまね。みんなに花を配っていたんだよ。それで謙人さんとありすちゃんがちょうど最後かな」


 いいながら僕とありすに紙で出来た花を渡してくる。


「これはね。彼岸花だよ。夏の終わりにはまだ少し早いけどね。夏祭りを終えて、秋になっていくから。秋を迎えるために花を配るの」

「春が終わったばかりなのに、もう秋なのか」


 春渡しをしたのは一昨日の事だ。まぁ夏祭りをしたら、次は秋というのは理屈の上ではわかるのだけど。


「そうだねー。まぁでもどーせどっちも名目だけだからね」


 かなたは笑いながら告げると、僕のそばにくると花を胸元に留めてくれていた。どうやらピンで留められるようになっているらしい。


「ありすちゃんにも」


 かなたはありすの浴衣の帯の部分に差し込んでいた。


「さてと。ぜんぶ配り終えたから。お祭りでのかなたの役割はこれでおしまい」


 かなたは楽しそうに僕へと笑いかけてくる。


「かなたね。お兄ちゃんと出会えて良かった。楽しかったよ。それでね。ありすちゃんの彼氏になってくれて、本当に良かった」


 かなたはにこやかな笑顔で、でもどこか静かな儚げな笑みを浮かべて僕とありすの二人を見つめていた。


「んー、予想はしていたけど、やっぱりかなたが一番かな。かなた若いからなぁ。仕方ないよね。もう時間だもん。そろそろ行かないと」


 少しだけ寂しげに顔を俯かせると、それから少しだけ息を飲み込む。

 確かにもう夜は更けてきていた。子供が出歩くには少し遅い時間かもしれない。

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