第6話 遠い視線
「じゃ、まずはあかねちゃんちからです」
言いながら少し離れた家を指さす。
見た限りありすの家とあまり変わりは無い。むしろどの家もそれほど変わらない。村の古くからある家の様式なのだろう。
すぐに家の方へとむかって、玄関の扉を勝手に開ける。
「あかねちゃーんっ。ありすだけどー」
ありすは言いながらもそのまま中に入っていく。
「はいはいはい。
「わーーーっ。あかねちゃん、有子って呼ばないで。ありす。ありすって呼んでよぅ」
「あっと、そうだったわね。ありすちゃんね」
声と共に奥の部屋から、一人の女性が姿を現していた。
ただありすがあかねちゃん等と親しげに呼んでいるから、同じくらいの年の人かと思っていたが、現れたのは僕よりももう少し年上だろう女性だった。
たぶん年の頃は十八歳くらいだろうか。高校三年生くらいか、場合によってはすでに卒業しているかもしれない。
おそらくは長い髪をアップにしてまとめている。そこから覗かせているうなじが、少し色っぽく感じた。
あと。ありすと比べると、だいぶん大きい。
身長もだけど、特に胸部が。
……僕も男だから、つい目がいってしまうのは仕方ないよね。
「それで何かしら。といっても想像はつくけどね。例の
「わー。こずちゃんから聴いてましたか」
「そうね。たぶん村のみんなもう知っていると思うわ。ありすちゃんが彼氏を村に連れてきたって、言いふらしていたから」
「わーっわーっわーっ。彼氏じゃないですっ。さっき知り合ったばっかりです」
「そうなの? もう二人は完全に出来上がってるとか、何とか言っていたけど」
少し頬に手をあてて、首をかしげる。
「もう。こずちゃん相変わらずなんだから」
ありすはぶつぶつと口の中で文句をつけていた。
まぁ実際彼氏でも何でも無いのだから、変な噂を立てられれば困るだろうとは思うが、とりあえず僕を放置して話を進めるのも出来ればやめてほしいとは思う。
やることないおかげでつい二人を見比べてしまうじゃないか。目のやり場に困る。
なおどこをとは聞かないでほしい。
「こずえは相変わらずおしゃべりのようだ」
背中の方からミーシャの声が聞こえる。ミーシャは僕と一緒に家の外で待っていたようで、見ると少し離れたところで座り込んでいる。
「それで、そちらの男の子が話にあがっていた四月一日くんかしら」
やっと女性の方から話を振ってくれたようだ。
とりあえず頭を下げて、それから自己紹介を始める。
「はい。ご紹介にあずかりました
「あはは。聞こえてたのね。でも」
女性は僕の方へとにこやかに微笑む。
「可愛い顔してるね。けっこう好みかも。有子ちゃんの彼氏じゃないのなら、私がもらっちゃおうかな」
彼女は僕のそばまでよると、すっと顔を近寄せてくる。軽く頬に吐息がかかり、何か背筋にぞくりとしたものが走る。
「わぁっ。な、なにを言ってるんですかっ。僕はまだ貴方の名前も知りませんよっ」
年上の女性が近づいてくるのに慌てて動悸が激しくなる。
「わーーっわーーーっわーーっ。だめっ。だめだよっ。あかねちゃんっ。そういうのはだめっ。あと有子じゃなくて、ありすっ。ありすって呼んでよぅ」
なぜかありすも慌てた様子で僕と彼女の間に割り込んできていた。
「ふふ。慣れてないって感じで初々しいね。私はあかね。
「……よろしくお願いします」
内心、胸の鼓動を感じながらも平然を装って答える。
ただこんな心の内も彼女にはお見通しだったのかもしれない。微かに口元にいたずらな笑みを浮かべていた。
「それで二人で春渡しをするつもりなのね」
「そうなのっ。春渡しするよ。私と四月一日さんで春渡しするの。私と四月一日さんで!」
ありすはなぜか自分を強調しているようだった。自分の出番を奪われそうになっている事に慌てているのかもしれない。
「心配しなくても大丈夫よ。私は
あかねさんは少し寂しそうに告げると、遠い目をして空を見上げる。
「でもまぁ秋の収穫祭になったら私の出番よね。その時は私が四月一日くんに相方を務めてもらうおうかしら」
「さすがに僕もそこまではこの村にはいませんよ」
慌てて否定する僕を尻目に、ふふっと口元に笑みをこぼす。
「いいじゃない。この村もいいところよ。あんまり人はいないけど、私と有子ちゃん。こずえちゃんと若い子も少しはいるしね。そして若い男の子はいないから、今なら好きな子を選べちゃうの。魅力的でしょ。あ、もし特殊な趣味ならかなたちゃんもいるけど、それはさすがにまずいかしら」
「わーっ。あかねちゃん、何言ってるの。四月一日さんに変な事いっちゃだめだよぅ。あと有子じゃなくて、ありす。ありすってよんでよぅ」
ありすの必死な否定にもかかわらず、あかねはきいていなかったのか、くすくすと笑みを漏らしていた。
「そうね。有子ちゃんの大事なお相手だもんね。私が奪っちゃいけないわね。それに」
あかねはちらりと僕へと横目で視線を送ると、どこか遠い場所を見るような瞳で空を見上げる。
「たぶんこの夏が最後だものね」
何か寂しげな声に、なぜだか僕は焦燥を覚えて息を飲み込んでいた。
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