第3話 寂れた村だけど
村はかなり寂れた感じだった。
いくつかの家はもう無人になってしまっているのか、荒れたままになっている。どこの村でも問題になっている過疎化という奴だろうか。
人の気配もあまりしない。途中では一人も他の人と出会わなかった。
「もうこの村からもだいぶん人が少なくなりました。子供は私を含めても数人しかいないし、大人も数えられるくらいしか残っていません。このまま消えていく運命なのかもしれません」
ありすは少し寂しそうに言うと、村の中を見回していく。
「それでも私はこの村が好きです。私が生まれ育った場所だから」
ありすはバスケットを胸に囲うように抱きしめると、それから目線の先の方に人影を認めて、今度は大きく手を振っていた。
僕もそちらへと顔を向けてみる。
年の頃はほぼありすと同じくらいだろうか。もしかしたらありすよりかは少し年上、僕と同じくらいかもしれない。髪の毛を左右で結んだおさげの少女がこちらを見ていた。
Tシャツにデニムのオーバーオール。元気そうな可愛らしい女の子だ。
「あー、ありすちゃん。だれだれ、その人どっからきたと!?」
少し方言まじりで話す少女ににこやかな笑顔でありすは答える。
「こずちゃん、やっほー。うん。さっき線路の辺りで拾ってきたの」
「いや、捨て猫じゃないんだし、拾われてはいないけど」
憮然とした顔で答えるが、しかしありすは気にした様子もなく僕の方を見かける。
「そしてなーんと、
「えーーー。じゃあ春渡りできるやん。それはよかね!」
「そうなの。だから春渡しするために、村に連れてきちゃった」
こずちゃんと呼ばれた少女はにこやかな笑顔をこちらへと向けてくる。
「あ、うち、
こずえは言いながら手を差し出してくる。どうやら握手を求めているようだった。
「僕は
「ケントくんね。外人みたいな名前やん。よろしくー! ずっとこの村にいてくれてもいいけんね!」
「ずっとは勘弁してくれ」
「えー。そげんこと言わんと、寂しいやん」
こずえはからからと笑いながら僕とありすの二人を交互に目をやると、うんうんと一人頷く。
「それにしても、二人ちかっぱお似合いやんね。ばりかわいか」
唐突にろくでもない事を言い出していた。
「いや別に僕はありすと付き合う訳ではないんだけど」
「えーー。だって二人、春渡しするっちゃないと。そりゃ別にお祭りの中でやる話の中やけど、そういう儀式やんね」
「……そうなのか?」
「うん。そやね。
こずえは楽しそうに、そしてどこか意地悪な瞳で僕の方を見つめている。
なるほど、これは僕達をからかっているんだな、と声には出さずに呟く。
「も、もうっ。こずちゃん、そういうんじゃないよ。ただ四月一日さんがいて、春を迎えられるって。それだけだよ」
「あーね。だいたい春渡しっていうても、もう夏の初めっちゃけどねー」
「そこはあんまり気にしないでいいと思う。どうせ去年までも四月一日さんはばあさまだったじゃない」
「あーね。ほんとは男女でやる儀式やけんね」
二人は何がおかしいのか、きゃいきゃいと笑いながら話し続けていた。女子三人が集まると
「ま、とにかく。僕はその春渡しとやらが終わるまで、手伝いにきただけだよ。他に特にどうこうするつもりはないから、よろしく」
「それは残念。ありすちゃんも奥手やけん。ケントくんがリードしてくれたらと思ったっちゃけど」
「も、もう、こずちゃん。何を言ってるの」
ありすが慌てて止めに入るが、それを防ぐかのようにミーシャが口を挟んだ。
「ふむ。まぁ、有子曰く一夜を共にしてほしいらしいから、そこは大丈夫だろう」
「わーーーっ。言わないで、言わないでっ。それは言ってません。違いますー! というか、有子って言わないで。ありす。ありすって呼んでよぅ」
「うん? いまなんて言ったと?」
「こずちゃんも聞き返さなくていいからっ。と、とにかくっ。別に謙人さんとそういうんじゃないし、出会ったばかりだからっ。ただ春渡しが出来るなぁってそれだけだからっ」
真っ赤になってぶんぶん手を振るうありすに、ミーシャは大きくあくびをしてみせていた。あまり抗議の声は聴くつもりがないのだろう。
逆にこずえは興味津々な表情で、ありすへとぺったりとくっついて何やら小声で話し合っていたようだった。
「でも……じゃなかと?」
「ち、ちがうよぅ。だからほんとにそういうんじゃなくて」
「えー。でも。ちょっとくらい……やろ」
「ま、まぁ。そりゃあ全く思わなかったとは言わないけど、けど。そういうんじゃなくて」
「だったらよかやん。問題なか」
「もう。こずちゃんってば」
二人のやりとりは半分くらいしか聞こえていなかったから、何を言っているかはよくわからない。ただ何かしらありすが恥ずかしがっている事だけはわかった。
「で、とりあえず僕はどうしたらいい?」
「あ、ごめんなさい。謙人さんをほったらかしでした」
ありすはいちど頭を下げると、それからこずえの方へと向き直る。
「じゃあそういう訳だから、私は謙人さんを案内してくるね。こずちゃんまたね」
「はいはい。いってらっしゃい。ケントさん、また後で話ばしようね」
こずえは大きく手を振るうと、そのまま来た道の先へと向かっていく。そちらの方に用事があるのだろう。
「とりあえずまずはうちかな。謙人さん、すみませんけど、もう少し私についてきてくださいね」
「わかった」
僕は素直に頷くと、村の更に奥の方へと向かっていく。
いくつか家屋はあるが、散発的で数は決して多くはない。この様子なら村にはさほど人数もいないだろう。
学校のような施設も近くには見当たらない。もしかしたらかなり遠くまで通っているのかもしれないけれど、電車は廃線になってしまっているのでこの村からの通学も大変そうだ。
ミーシャは後ろからゆっくりとついてきていた。
そういえばこずえもミーシャが話している事に特に驚いてはいないようだった。この村では当然の事として受け入れられているのだろうか。
ちらりとミーシャの方へと視線を送る。
ミーシャは僕が見ているのに気がついたのか、耳をぴんと立ててこちらを見つめてくる。
「ボクの顔に何かついてるかい?」
「……とりあえず、ひげと猫耳がついてる」
「そりゃ猫なのだから、それくらいついてるだろう。君はひげと猫耳がついていない猫を見た事があるのかい?」
「ないけど」
「そうだろうね。もっともその君の小さな脳みそでは、猫の形もろくに覚えられないのかもしれないけど」
辛辣な言葉を吐きつつ、ミーシャは少し声に出して笑っていた。
おそらくミーシャにとってはこれもコミュニケーションの一つなのだろう。それなら僕も受け入れていこうと思う。
まずは軽く言い返してみる。
「たぶん君よりかは大きいと思うけど」
「実サイズの問題ではないさ。どれだけ有効活用しているかが大事なんだ。それだとくじらがこの世で最も賢い事になってしまうからね」
ミーシャはひげを揺らしながら呟くように告げる。
「君には口では敵いそうにないなぁ」
「猫に口げんかで負けてどうするんだ。君の口は大口あけて食事をとるためだけにあるのかい」
「そうはいってもね。僕はもともと言い合うのは苦手なんだ」
「へぇ。平和主義なのだね。ま、それは悪くない。でも時には戦う事が必要になる時もあるのだから、普段から戦えるようになっておくのは大事と思うけどね」
ミーシャはどこか上機嫌で話していた。
大した話はしていないのだけど、彼女にとっては何かしら有意義な会話だったのかもしれない。
「とはいっても、口喧嘩する事はそうそうなさそうだけど」
「謙人さーん、つきましたよー。さ、はやくはやくー!」
向こうからありすが呼ぶ声が聞こえてきていた。
大きいけれど古ぼけた家の前でありすが手を振っている。
「ありすが呼んでいるようだ。さて、いこうか」
ミーシャの声に僕は頷く。少し小走りで、ありすの待つ家へと駆け寄っていく。
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