[G]潔癖な学校


 ──眠った先の「無かった」話。



 中学校の二階、普通教室の黒板に、おかっぱ眼鏡の中年女性がカツカツと文字を書く。「私」の担任だ。無表情で淡々と掃除の担当場所を決めては、生徒の名前で黒板を埋めていく。

 何故かクラスメイトは皆怯えているが、委員長の私には理由が分からない。ふと担任が手を止め、生徒を見回して、

「空き教室を希望する人はいますか」

と問うた。

 空き教室は私達のホームルームのすぐ隣にある予備の教室だ。まだ生徒が多かった時代にはホームルームとして使われていたが、近年では自習室のような扱いになっている。机が多く掃除は大変だが、移動に時間がかからないのが良いかもしれない。

 私は他に挙手する素振りのある生徒がいないか確認してから、空き教室の掃除担当に立候補した。担任は「そう」と冷たい声で一言呟くと、私の名前を書いた。

 担任がチョークを鳴らしている間、私以外の殆ど全員が俯いていたのが少し気になった。中には可哀想なくらい青褪めている子もいる。

 逆に一人だけ、我関せずでフーセンガムを膨らませている男子がいた。ニット帽から覗く豊かな髪は金色で、大きな垂れ目は退屈そうに窓の外を見ている。頭の後ろで手を組み、机の縁に足をかけ、椅子で舟を漕いでいる。明らかに異質な上かなり危険な姿勢だったが、担任は見向きもしない。思わず注視している私に気付いた男子が、ひらりとこちらに手を振った。一瞬、その男子が骸を背負った死神のようにおぞましく見えて、私はぎこちなく頭を下げてから前を向いた。

 担任が全員の名前を書き終わると同時にチャイムが鳴った。掃除の時間だ。私達は一斉に席を立ち、着替えて掃除に向かった。皆必死の形相で、明らかに、必要以上に急いで掃除場所に向かっている。不審に思いつつも同じ担当の生徒達と空き教室に踏み入ると、床が砂だらけである事に気付く。よく見ると砂ではない。チョークの粉が教室中に撒き散らされているのだ。

 これは綺麗にするのが骨である。手分けして掃除に取り掛かったが、すぐにチャイムが鳴った。時計を見て絶句する。掃除の時間が5分しか無かったのだ。こんなに短時間では、場所によっては着替えと移動だけで時間切れだ。私達は急いで教室に戻る羽目になった。

 放課後、あんなに汚れた状態の空き教室を放置するのは気が引けたので、嫌々ながらも居残ることにした。驚く事に、殆どの生徒が居残っている。皆真面目なことだ。

 黙々と掃除をしていると、空き教室前の廊下を掃除していた女子が、腕が痛くて進みが遅いから手伝ってくれと言ってきた。聞けば用事があるのに居残っていて急いでいるのだという。目に涙をためてまで頼まれては断れなかったし、幸い私はさほど急いでいなかった。同じ空き教室担当の男子二人も、「どうせ俺達の方は終わらないから」と彼女を手伝った。その声は掠れ、顔色は悪く、彼らの方が明らかに助けが必要そうな様子ではあったが、とにかく全員手を動かした。

 廊下掃除が終わり、空き教室の殆どを綺麗にする頃には、既に日が落ちていた。否、日が落ちるにはまだ早い。何故か外が暗いのだ。17時かそこらであるにもかかわらず、異様に暗い。窓からは校舎の灯りの他に、夕日はおろか月も星も見えなかった。

 掃除で退かした机を元の場所へ運んでいると、教室に人が入ってきた。きっちりと学ランを来た学生が数人。見覚えは無かった。外見に特徴も無く、何も言わず、ぴくりとも表情を変えず、まるでロボットの様な人達だった。

 途端、クラスメイトの男子二人は悲鳴を上げて逃げ出した。私も訳が分からないまま、ただ恐ろしくなって彼らに続いた。廊下で先程手伝った彼女とすれ違ったが、まるで愚かな動物を嘲るような顔でこちらを見ていた。

 男子の一人と共に、無人の教室に逃げ込んだ。ガタガタと震える男子を見ていると、自分まで不安になってくる。きっとあのロボットみたいな学生達から逃げたのだろう。声を出して励ましたら見つかってしまうかもしれない。そう思って背中を擦ろうとした──。


 ──そこで「私」の意識は途切れる。


 一瞬の出来事だった。空き教室を担当した三人はそれぞれの場所で、同時に、ブツ切りにされて死んだ。

 血の海に死体が転がる教室を、腕章を着けたポニーテールの女子生徒が確認する。うげぇと唸りつつも、白手袋をした手で肉塊を選り分け、ネームプレートをつまみ出す。そのまま白手袋で拭いてからポーチに納め、汚れた手袋を投げ捨てて次の教室に向かう。

 廊下を担当した女子は、振り分けとしては隣接する調理室の担当だった。空き教室の後にロボット学生達が調理室を確認し、「掃除未達成」と判断された為、彼女も同じくブツ切りになった。

 その校舎の屋上には、大きな鉈を血振りしながらフーセンガムを噛む男子生徒の姿があったという。



 ──起床。

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