少年は『甘い夕食』に驚く ①

甘い…甘い香りがする。


アーウェンはようやく起きた。

たぶん匂いにつられたのかもしれない。

ようやく慣れた柔らかい布団ではなく、ユラユラと動く薄い布のような物に包まれているが、それは嫌な物ではなかった。


何故『嫌な物』だと思ったのだろう──


少しだけドキドキしながらゆっくりと身体を起こしたが、少なくともその布は昔嗅ぎ慣れたえたような匂いはせず、手触りも驚くほど滑らかで清潔であると少しずつ脳が理解していく。

「ああ!アーウェン…坊ちゃんでしたな!起きれますかな?」

「ヒュァ……あっ…あの……は、い……あの、ごめん…なさい……お、おきます……」

「ハハハ!どぉれ……爺が下ろしてあげますからな。どっこいしょ…っと」

アーウェンの脇の下に手を入れた『爺』はまるで重い物でも持ち上げるかのように掛け声とともにその身体を持ち上げ、あまりの軽さにちょっと目を瞠りながらもゆっくりと床に下ろしてくれた。

それはさっき義父と『リンゴ』という果物について話していた人であり、思わず悲鳴を上げそうになったのは、先ほど声を掛けられた時と同じように驚いたからである。

だが小さな子供が自分に対してそんな反応を示すのは慣れっこなのか、皺だらけの顔にさらに皺を刻み、思っていたよりも優しい笑みを向けてくれたのを見て、アーウェンは思っていたよりも怖い人ではないのかもと思った。

「ふむ……確かにこれはもっと良い物を食べてもらわないとですなぁ!旦那様」

「そうだろう?ウェブランの名にかけて、とびきりの上物でアーウェンを健康的に太らせてもらいたい」

「いや、太るかどうかはともかく……ええ、儂らの作る野菜や果物を食べて、身体が悪くなるなんてことはいっさいありゃしませんわ。むしろはち切れそうなぐらい元気のいい坊ちゃんになるでしょうよ」

「そうでなくてはな……さあ、アーウェン。ちょうどアップルパイが焼けたところだ。今日は特別な夕食にしよう」

『ウェブラン』と言われた『爺』が力強く頷き、主人がおいでと手招きするテーブルへ、寝起きのアーウェンを連れて行ってくれる。

振り返るとアーウェンが寝ていたのはマットレスの上ではなく、どこを支えているのかわからない剥き出しの二本の柱に括りつけられた布だと知った。

「あれ……なんですか?」

「……あ?……あぁ!ありゃ、『ハンモック』っちゅうもんですわ。まるで雲の上にいたようでしたろう?ふわふわユラユラして、最初はちょっと怖いが、アレに寝そべることを覚えると、そりゃもうおっかさんの腹ん中で寝てるみたいに安心できるんですじゃ」

「おっかさん……?」

『ハンモック』という名称があの布のことを指しているのだとわかったが、『おっかさん』という言葉を理解できない。

アーウェンの語彙は、喋るにしても知識としても、同年代と比べてはるかに劣っていた。



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