伯爵夫妻は子供たちと休暇を楽しむ ③
エレノアはいつもとは違うお世話係の若いメイドと共に、母の前を飛び跳ねるように歩く。
「お嬢様、こう、こうです!」
「こう?」
カラと同じく十四歳で上級使用人見習いのミーシアという名の少女は、淑女が絶対やらないであろう『自分のスカートを持ち上げる』というはしたない仕草で自分のくるぶしを見せながら、片足ずつトトンと軽く跳ねて左右を入れ替えて同じことをする──いわゆる『スキップ』をエレノアに教えていた。
まだ四肢が短い幼児体躯のエレノアは、見ていることと自分がやりたいことが一致せず、足を前後にしての両足飛びになってしまう。
「あっ!今少しできましたよ!もういっか~い!」
「いっか~い」
奇跡的にトトンとステップが踏めたのを素早く認め、ミーシアが笑うとエレノアも笑う。
その歩みは遅いが、日傘を差してゆったりと歩くヴィーシャムには問題ない。
疎まれていたわけではないが自分の魔力が安定しないことが申し訳ないと、母とは少し距離を置くことを覚えてしまった少女時代、その母と手を繋ぐ妹が小さいなりに早足で歩いて行ってしまって悲しかった気持ちが苦く思い出される。
そう、今のエレノアのように──
「おかぁしゃま~」
「えっ」
物思いに耽って無意識に足を運んでいるだけだったが、呼びかけにパッと目を向けると、自分よりさらに離れて行ってしまっていたはずの娘は、何故かこちらに戻ってきている。
「みてくだしゃ~い!のあ、できましゅ~」
ズットン、ズットン、トトン、ズットン、ズットン、トトン…
驚いて足を止めてしまったが、少しずつ戻ってくる娘はさっきよりもスキップらしい足取りで──でもやっぱり両足で飛んでしまうのが多かったが──汗をかきながら大きく笑って近付いてきた。
妻たちとはずいぶん距離が開いてしまったことを理解しつつ、ラウドは息子二人とともに川に向かっていた。
どうせ目的地は一緒だし合流すればまた休憩しながら遊ぶつもりである。
川のそばには釣った魚を捌くことのできる小屋ができているはずなので、そこで夕食にしてもいい。
従者のひとりに合図をして、先ほど本邸の厨房から何人か寄こすようにと伝えてもいるから、そう焦る必要はなかった。
「アーウェン、ほら耳を澄ませてごらん?」
「みみを、すます?」
リグレが微笑みかけながら父の反対側にいる義弟に話しかけたが、それがどういうことか理解できないアーウェンはキョトンと見つめ返した。
「えっ……えぇ、と……」
まさか問い返されるとは思っていなかったリグレは逆に困惑してしまい、思わず父を見上げた。
「………なるほど」
何が「なるほど」なのか──ピタリと足を止め、ラウドもアーウェンが理解できないことに驚きつつ、それがどういうことなのか理解させる方法を模索する。
「……アーウェン」
「はい」
足を止め、目線を義息子と同じくするためにしゃがみ込んで呼びかけると、素直な返事が返ってくる。
「まず、目を閉じなさい」
「めを……」
さすがにその指示は理解できるアーウェンは、言われた通り目を閉じた。
そのままラウドも──そしてリグレも息を飲んで、じっと待つ。
「……おとうさま?」
「シィー……アーウェン……何か聞こえるかい?」
「えぇっと………」
サワサワサワサワサワサ……
サラ…サラ………パシャッ……
「さわさわ…って……ぱしゃん……?あと、さらさら……?パサッてなにかのおと……」
「そうだね……何か感じるか?」
ふわりと風が流れて、目を瞑ったままのアーウェンの髪を揺らして頬を撫でる。
少しくすぐったくて思わず笑うと、リグレがわずかに息を飲んだ──こんなふうに笑うこともできるなんて、と。
エレノアの笑いにつられて浮かべるものではなく、ふっと自然に浮かんだ笑みは幸せそうで、何となく泣きそうになった。
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