少年は見かけを整える 3

大泣きするアーウェンを宥めようとカラはオロオロするだけで、フェンティスは今まで使っていた道具を、ランは切り落とされた髪を箒で集めて床を清める。

誰の手も借りられないとわかるとカラも何となく落ち着き、いつの間にか自分の横に置かれていたワゴンに載せられていたタオルを手に取り、涙と鼻水を拭った小さな手を綺麗にしてからまた新しいタオルで顔を拭いた。

「大丈夫……大丈夫ですよ。アーウェン様……変わりましたけど、変わってませんから……きっと旦那様も奥様も、お嬢様も素敵だって言ってくれますよ。ロフェナさんもクレファー先生も、きっとかっこいいねって……俺も……アーウェン様が変わってくれて、嬉しいですよ」

「うれっ…うれっ、しいぃ……?

「はい。嬉しいですよ。肩車して、皆に自慢したいぐらいですよ」

「……肩車なんて、できるの?……」

思わずという感じで声が頭上から零れてきてカラは顔をそちらに向けたが、そこにはハッとした顔で口元を押さえるランがいるだけである。

「あ……いや…いえ……すっ、すみませっ……」

ハッキリ最後の言葉を言う前にランはクルッと身体の向きを変え、スタスタと部屋の奥にある扉に向かって行ってしまった。

「……カラ、かた…ヒック…ぐるま、ヒック…んっくっ…して、くれっ…の……?」

どうやらカラが思わず言った『肩車』という言葉に気持ちが引かれたらしく、徐々に泣き止みつつあった。

「しますよ!当たりまえです!王都にいるルベラ副隊長さんみたいに高くはないですけど、俺にだってちゃんとアーウェン様を肩車できますからね!アーウェン様ぐらいの子をよく肩車してあげてたんですから」

「だれ……?」

「誰……っていうか……うーん……そう言えば、俺がどこで育ったとか、アーウェン様にお話ししたことなかったですねぇ……」

あまり話したくないんですけど、と小さな声で付け足したが、カラから渡されたタオルで自分の顔を拭くアーウェンの耳には届いていなかったらしい。

それはそれでホッとしたが、乾いたタオルから現れたアーウェンの顔は赤くなってしまっている。

「あ…ああ……濡れた物の方がよかったか……あの、水で濡らしてもらっても……」

「顔剃りには湯を使うことが多いですからな。こちらをお使いなさい」

そう言うフェンティスの手には良い香りのするお湯が張られた洗面器があり、バシャリとタオルが絞られる。

優しい手付きで改めて顔をタオルで拭かれ、アーウェンはほっと溜息をついた。

「落ち着かれましたね。泣くのはいいことです。あまり負の感情を出されないと聞いておりましたが……ああ、旦那様たちもお待ちでしょう。そろそろご朝食の席に行かれた方がいいでしょうな」

「えっ……あ……」

「いけねっ……いや、あの、いけませんね…すいません、時間を忘れてしまっていました。アーウェン様、参りましょう」

時計を見れば、いつの間にか朝食をとるはずの時間を過ぎている。

「うん」とアーウェンは素直に頷き、カラに手を引かれるまま椅子を降りてから、ぴょこんとフェンティスの方へお辞儀をした。

「どうも、ありがとう」

「はい、はい。じいも楽しくおしゃべりをし過ぎました。たくさんお食べなさい」

「はい!」

グズッともう一度洟を啜ってからアーウェンは鏡の中の自分を見て、少し頭を傾げながら笑う。


もう泣かなかった。


何か心が吹っ切れたかのように鏡の中の自分に向かって頷くと、自分の髪の毛を整えてくれた老人に向かってもう一度お辞儀をしてからその部屋を出た。



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