少年は取り引きされる ④
突然何か考え込む顔で言い淀む夫の顔がニヤリと崩れるのを見て、何か嘘をつかれることを瞬間的に察したサウラス男爵夫人は、この上何を言われるのかと身を固くした。
「先ほど言った女児だが……」
「………はい」
「その……ターランド伯爵と縁続きらしいんだが、生憎と親が亡くなって伯爵家ではなく、我が男爵家で引き取って育てる」
「……何故?」
ふと嫌な予感がして、思わず尋ねる口調が冷たく響く。
自分の不義理を気づかれたのか──思わず怒鳴りつけようとしたサウラス男爵はぐっと堪え、やや早口に言葉を紡いで言いくるめようとする。
「な…何故…って…そ、その!伯爵家の令嬢が『妹はいらない』とゴネて!そう!『いらない』と言われたのだ!他の伯爵家や子爵家でもその…引き取り手がなく……だが我が家が男ばかりと知って、その令嬢が『もらえるなら弟の方がいい』と言うんだ!」
むろんそんなことは出まかせである。
後日アーウェンをターランド伯爵家に連れて行った際に迎えられるまで、幼い令嬢がいることは知っていても年齢までは知らなかったために出まかせを言ったのだが、まさかその令嬢がたった三歳の女児だとは思わなかった。
だがこの時は──
「男ばかりで、しかも最後があのような出来損ないだ。であれば、健康な女児と交換するのならば理に適っているだろう?!なぁ?お前も嬉しいだろう!」
「ええ……嬉しいですわ……」
身勝手な言い分ではあるが、夫であるジェニグス・ターラ・サウラスに逆らわないようにと言い含められて嫁ぎ、そして四男のヒューデリック以外の息子たち──特にアーウェンが目の前にいると苛立ちと共に憎しみさえ覚えてしまうというのに、いつになくルゥエは母親らしく子供を手放すことに抵抗するかのように提案に素直に頷けない。
「フ…フフフ……、フハハハハッ!だろう?!そうだろう?!ならば、どうすればいいのかわかるよなっ?」
「私の産んだすべての子と、その女の子と一緒に暮らせるのならば、幸せですわ……」
「なっ……何だとぉ……」
それは、無理だ。
伯爵はなぜかわからないが、アーウェンを引き取ることに固執した。
サウラス男爵家の末子を引き渡した上で自分の隠し子を引き取ることができてこそ、この契約が成立するのだと何故妻は理解しない?
ブルブルと手を上げそうになる自分を抑え、宥めるようにさらに女児を迎える利点を言い募る。
男ばかりで育てがいがなかったはずだが、赤ん坊であれば自分の理想に育てられる。
女児を引き取り育てるのに月々援助をしてもらえる。
男爵家として体裁を整えられるだけの物が揃えられる。
今まで子供を連れて出掛けることなどできなかったが、着飾った娘を連れてお茶会などに行ける──
それはサウラス男爵が自分の都合の良いように捻じ曲げ、都合の悪い所は説明せず、だが妻は自分に従い反対されるとは思いもしていない。
ついに赤ん坊の出自について口を割ることは決してしなかったものの、煮え切らない妻に対して最後の切り札とばかりに娘のデビュタントにはきっと伯爵から金銭的援助があるはずだと口走る。
「わかるだろう?あの出来損ないがいても、けっきょくは家で使い潰すだけで一銭にもならない……だが娘に関しては、俺たちが面倒を看てやることなく、金をもたらすんだ!お前も新しいドレスが欲しいだろう?なぁ?」
それはサウラス男爵の思い込みだったが、ターランド伯爵は女児の成長後についてまで確約などしていないのに、まるで嫁入りの世話や持参金まであちらで用立ててくれると錯覚していた。
だからこそ妻も贅沢ができるぞと唆したのだが──
だが頑なにアーウェンを引き渡さずに女児を引き取る道をぐずぐずと言い募る妻に苛立ちながらも、サウラス男爵はアーウェンがこのまま男爵家にいて餓死した場合には貴族院から調べが入るかもしれないと、脅しと嘆願を混ぜながら妻を説得し続けた。
そして男爵家にいるよりも伯爵家に売って──いや、引き取ってもらった方が、アーウェン自身の人生を豊かにできることを強調してようやくサウラス男爵夫人が首肯したのは、アーウェンを伯爵家に連れて行く約束をした日の前夜だった。
だがその際も最後の足掻きとばかりに、妻は条件を出してきた。
「私たちがアーウェンに会うことは……会えることは、今後ないかもしれません。ですが、何かあれば……あの子に何か遭った時は、隠さずお伝えいただきたいと……お伝えください……」
今さら妻が母親らしいことを言い出したことを腹の中で笑いながら、それでもようやく折れたことに安堵し伯爵との約束を違えなかったことで得られる金銭的メリットと、さらに自分の娘を引き取ることがそんなに嬉しいのか、男爵はいやらしい笑いと共に上機嫌で夫人を抱きしめようとして──断固とした拒否を示された。
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