少年は憧れる ④

何が起こったのか、アーウェンにはわからなかった。

聞き覚えのある言葉のアクセントから、どうやら男爵領の村の男らしいとは思ったが、名前も知らないし顔も覚えがない。

当然である──男は他の兵士と共にアーウェンに対してまともに向き合わずに、剣の形に削った板切れを振るのをバカにした目で見ながら笑っていたのだから、子供の方から近づかれるはずもなかった。

「イッテェェェ──ッ!!な、何すんだ?!」

「……あなたのような無礼者を、アーウェン様に触れさせるわけがないでしょう?」

小さな身体を後ろに庇い、ロフェナは地面に叩きつけた男を見下ろす。

「ア…アーウェン様……?な、何言ってんだ?アンタ!見たところ、この屋敷の執事さんか何かだろう?そんな能無しで出来損ないのガキ、なんで庇うんだ?!」

「……二回も言いましたね?」

ロフェナの声は穏やかなままだ。

そしてその姿勢を崩さずに男の顔を蹴り上げ、その身体を数メートルほど向こうに飛ばす。

「アレは?」

「ハッ!去年までサウラス男爵領で村の警備兵として勤務していた者です。王都の警備隊へ出願してきたとのことです」

ロフェナの声に、地面に倒れている男以外の全ての兵がピシリと敬礼し、代表者らしい男が一歩だけ進んで口を開いた。

「経歴、出身地から当主様のご縁故の領地の者。ならば一時的に我がターランド伯爵家王都警備隊が預かり、王都警備兵への試験合格を目指すようにと当主様よりご命令いただいておりました」

「ふむ……これまでの訓練態度は?」

「他の若い者たちとあまり変わらぬように思います。王都に慣れていないため、多少浮かれたような部分はありましたが……少なくとも、幼少の者にあのように絡むなど……」

苦い顔をするその男は、ロフェナの陰から自分を見上げる幼い目に気づくと、ギロリと見下ろした。

「……で、こちらは?」

「この方はサウラス男爵家五男のアーウェン様です。数日内には教会に赴いて洗礼名をいただき、新たなュ・ターランド様となられますが」

「おお!やはり!」

強すぎる視線を和らげ、男はアーウェンと目線を合わせるように跪いた。

「アーウェン様。こんなむさくるしいところへようこそ!私はこのターランド伯爵王都邸の警備管理を任されております、ルベラ・デュガ・ムーケンと申します。爵位は騎士をちょうだいしておりますが、こちらでは隊長職を担っております」

「この者が本隊の総副隊長となります」

「……そうたいちょうさまは、どなたなのですか?」

どうやらこの『たくさんいる兵』たちの中でも偉い人が、自分に挨拶をしてきたというのをアーウェンは理解したが、一番偉い人はどこだろうと首を傾げる。

しかしその質問には、まず言葉ではなく、大爆笑が返ってきた。

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