遅刻ギリパン走者にご褒美を

ちゃんきぃ

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 最近はめっきり見なくなった遅刻ギリギリでパンを咥えながら走る少女。私が思うにその子はとても真面目な子なんだと思う。だって、遅刻しそうなのに急いで身なりを整えた上で、なるべく取った方がいいとされる朝食を忘れずに取りながら普段通りの時間帯へ間に合わせようとしているから。


 私だったら遅刻しそうになった時点でまず間に合わせることを諦めるし、朝食は普通に食べたいからそちらを普段通りの時間を使って、何ならもう遅刻が確定しているのだから食後にティータイムとしゃれ込んでしまう。

 学校に一回遅刻したところで内申点に大きく響くことはないだろうし、内申点に比べたら朝食を抜いたせいで体調不良を起こして1日をダメにする可能性を潰した方がよっぽど有意義なはずだ。

 最も、私の場合はもう指で数えられないくらい遅刻しているから、そっちの意味で一回遅刻しても変わりない。


 そんな風な朝を迎えて、今日も遅刻が確定した私は全ての支度を終えて家を後にした。

 さて、遅刻ギリパン走女の続きだが、真面目な少女は時折、そのひたむきさを認められて曲がり角でご褒美を貰えるらしい。いや、場合によってはぶつかった拍子にあられもないことになって、第一印象は最悪のスタートになるみたいだけど、最終的にはその印象が180度変わるような相手と巡り合うことになるのだ。


 しかし、私のようなパンは既にお腹の中に収めて足取り重く学校へ向かう不真面目な少女にはご褒美はやって来ない。というか、普通にぶつかるのは嫌だ。パンを咥えていなくともせっかく時間をかけて身なりを整えたのに、それが台無しになってしまうではないか。


 それから私は遅刻ギリパン走女のラッキースポットになり得る十字路に到着した。走っていたら前方不注意でぶつかることはあっても、のんびり歩いていればカーブミラーなり、道路交通法を守った一時停止なりして、事故を防ぐことができる。


「あっ……」


 このように曲がり角をゆっくり通り過ぎたタイミングで、私の知り合いと無事出会えたように。


「道哉、どうしてこんな時間でこんなところにいるの?」

「な、なんでって、そりゃお前……」

「ああ、言わなくてもわかるわ。昨日……正確に言うと今日の2時頃まで私と通話していて、その後もなかなか寝付けなかった私がメッセージ2時半くらいまで送り続けて、律儀に既読を付けて返信までしていたから、私と同じくらい睡眠時間は削られた。そして、寝坊したって言いたいんでしょ?」

「わかってるならいい……いや、良くない」

「まさか初めての遅刻? おめでとう。一回ならまだセーフよ」

「誰が決めたんだそんなこと」


 この道哉という男は本来ならこんな遅刻確定の時間に私と呑気に話す学生ではなく、むしろ登校したら職員室まで鍵を取りに行って一番乗りで教室入るタイプの学生だ。それから自分の席に座った後は「今日も遅刻する気か」とか「寝ていないで起きろ」とか、夢の中の私には届かないメッセージを送って来る。


「そんなに落ち込むくらいなら0時を過ぎた辺りで通話切れば良かったじゃん。0時前までしきりにそろそろ寝るって言ってたのに」

「そうは言われても……」

「恋人でもないんだから、私に付き合う必要はどこにもないんだし」

「…………」


 そして、更に言えば道哉はこういう機会をみすみす逃すタイプのやつだ。昨日の通話でも今日のこのタイミングでも道哉にとってはその時ではないらしい。困ったものだ。まさか道哉が寝坊するとは夢にも思っていなかったから今日の偶然の出会いは運命に変えられる可能性があったのに。やっぱり私が不真面目だからいけないのか。


ぐぅ~


 雰囲気などお構いなしに空腹を告げる音が聞こえた。もちろん、ティータイムまで済ませた私は食いしん坊キャラではないから、その音の主は道哉だ。返事の代わりにしてはと思ったが、本人は恥ずかしそうにしている。


「なに? 朝ご飯食べる時間ないくらい寝てたの?」

「いや、そういうわけじゃ……」

「じゃあ、遅刻しそうになってる自分への罰?」

「俺をどういう風に見てるんだ」

「じゃあじゃあ……わからないわ」

「……咥えるタイミング逃したんだ」


 なんだ、急によくわからないことを言われた。道哉は時々メルヘンなことを言うけど、今日のは単にまだ頭が冴えてないだけな気がする。かく言う私も結局は5時間ちょっとの睡眠ではまだまだ寝不足だ。


「まぁ、道哉が目を覚ますまでのんびり登校しましょうか」

「今なら走れば5分くらいの遅刻で間に合うから……」

「それなら道哉だけ先に行っていいよ。ほら、私の歩幅に合わせなくていいから」

「一人だけ置いていけないだろ」

「いつもは早く行ってるのに?」

「……お前に合わせたんだ、今日は」

「……ふーん」


 合わせるも何も単に寝坊しただけだと思ったけど、そう言った道哉の顔が何だか可愛らしく見えたから今日のところは合わせてくれたことを褒めてあげよう。

 

 私と道哉がどちらかがそれを口にしたところで、手を繋ぐ以降のことができるようになるのか、それとも案外そういうのはなくて現状と変わらないようになるのか、正直わからない。

 

 でも、このままを続けるのは不真面目な私の中にある少しだけ真面目な部分が面白くないと言うので、それこそ今度は遅刻ギリギリでパンを咥えて走る少女になってみるのも一つの手かもしれない。

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