輝きは失われて

せいこう

かつて輝いていた人

 辺りも暗闇に沈み、ぽつりぽつりとある街灯の小さな灯火が寂れたとある町を仄暗く照らす時刻。


 町より少し離れたところにある酒場。


 いつも町の若者や御老人で賑わう店内は人払いにより、酒場とは言えない冷たい沈黙に包まれている。


 そんな酒場の奥にある、秘密の会談や表ではできないような取引の為に作られた個室では、二つのマフィアのボスが長い簡素な机を挟んで対峙していた。



 この場合、上座と言うべきか。そこにはここ10年で勢力を伸ばし、国内において無視できない勢力となっている''ブラッドリーファミリー''のボス、リリア・ブラッドリーが座る。


 下座には、50年という歴史を持ち、かつては国内に多大な影響を与えていたーーいまでは''ブラッドリーファミリー''にその座を奪われたーー''カンナヴァーロファミリー''のボスであるユリア・アレッサンドリーニが座っている。


 先に緊張気味ではあるが、口を開いたのはユリアだった。


「本日はお忙しいなか、お越しいただきありがとうございます」


 今までの勢力図ならありえない口上だが、昨今の状況を鑑みれば当然ではある。


「いえいえ、こちらこそ。

 それに、こちらの指定する場所にお越しいただきましたし、護衛も2人までという条件も飲んでくださいましたから」


 そう言いながらリリアは微笑んだ。

 彼女からは余裕や落ち着きが見られたが、一方のユリアからは緊張や落ち着きの無さが見て取れた。

 年齢でいえば、リリアは26歳、ユリアは46歳と20歳も歳が離れている。

 歳など関係なく、ファミリーの強大さが格を決めると言っても過言ではないことを如実に表している。


 そんなユリアの様子に、くすりと微笑み、足を組みながら続ける。


「早速ですが、商談について話しましょうか」


「は、はい。

 本日は私のファミリーの工場で生産された商品なのですが……」


 そう言うと、ユリアは護衛に指示してアタッシュケースをテーブルの上に置かせる。そして、自ら蓋を開けるとリリアに見せる。

 アタッシュケースには白い粉状のモノが袋に入れられ、中を埋めつくしている。


「こちら、最高品質のモノとなっていまして、これだけで€300,000となる代物です。

 よろしければ、こちらの商品を是非とも、貴女のファミリーと取引したいと……」


 リリアはアタッシュケースの中にちらりと視線を移すもすぐにリリアの顔に目を向けると、


「私のファミリーではこういった商品は扱っていないのはご存知ですよね。

どうしてまたウチに?」


 笑みを崩さないまま、そう問いかけると、ユリアはあからさまに額に汗を浮かばせ視線を少し彷徨わせながらも理由を話す。


「そ、その……昨今は国からの取り締まりも厳しくなり、財政も逼迫してしまって……。そこで、是非とも勢いのあるブラッドリーファミリーのお力をお借りしたいと……」


「たしかに、色々と厳しくなって動きづらい時代ですが……」


「そうなのです!なので是非とも、お力を」


 リリアの言葉を聞き、齧り付くように返すがそれは遮られる。


「ですが、私たちはたしかに動きにくいですが、これまで通りやれていますからねぇ」


 苦笑まじりにそう言うリリアにユリア内心舌打ちする。


 若造のくせに頭が回るーー。やはりコイツは厄介だーー。


 ユリアはある計画を立てていた。


 昨今のブラッドリーファミリーの躍進に、かつてあった勢力圏も徐々に奪われ始め、かつての栄華も過去のものとなっていた。

 そして、そんな現状に不満を持ち始めている部下も増え、ファミリー、ボスに対しての求心力が低下していることもあり、立て直すことが必要であった。


 そこで、今回の商談でブラッドリーファミリーにクスリを売りつけ、そして日を置かずに警察に家宅捜索させ、ボスから幹部までを纏めて逮捕させたあと、混乱に乗じて勢力圏を奪い取るといったものだ。

 これにより、求心力を高めつつ、勢力圏を確保し、かつての栄華を取り戻すことができる。

 組織としては小さくなったとはいえ、影響力はそれなりに残っている。また、警察にも少ないながらいまだに関係を持っている者もいるため、使わない手はない。



 なぜ、こんな回りくどいやり方になっているかといえば、それは先程のリリアが言った言葉にもある通り、ブラッドリーファミリーは麻薬関係には手を出していなかった。さらに賭博やほかの事業に関しても、徹底的に情報を遮断し、表向きのものしか調査しても出てこないのだ。


 なので、わざわざこちらからクスリを売りつけるという面倒くさい方法しかなかった。

 だが、所詮は新参者、まだまだ歴が浅い若造ならホイホイと金に釣られて承諾するだろうと思っていた。


 しかし、予想に反してリリアはなかなか首を縦に振らない。

 どのように言い繕うとも、うまい具合にはぐらかされてしまい、取引は一向に進まない。


 まるでこちらの計画を知っているかのように。

 ユリアは焦燥感に駆られていったーー。








 リリアはユリアからの提案をのらりくらりと躱しながら、ある報告を待っていた。


 カンナヴァーロファミリーの武力排除の成功報告である。


 ブラッドリーファミリーでは、この商談が行われる一ヶ月前には情報を掴み、この日のために関係各所に根回しを行っていた。

 そして、本日の商談のためにボスであるリリアが出発した段階で、各所にあるカンナヴァーロファミリーの拠点に攻め込むことになっている。構成員もこちらが上回っているため、抑え込むことは簡単だ。さらに幹部連中は絶対に逃すことなく全員始末しろ、という命令も出している。


 リリアとしては、今回のカンナヴァーロファミリーの計画がなければ、今まで通り勢力圏について軽く衝突するぐらいの関係で済ませようとしていた。カンナヴァーロファミリーのボスのユリアとも何度か会い、名前で呼び合うぐらいには交流を持っていた。

 しかし、今回の計画は自分のみならず、ファミリーにまで多大な影響を与えるためにカンナヴァーロファミリーの武力排除へと踏み切った。武力排除に至ったのは将来への禍根を残さないためだ。復讐される危険を潰す必要があったのだーー。




 計画を頭の中で思い出しつつ、優秀な部下達なら問題なく処理できるだろう、とリリアは内に秘めつつユリアに当たり障りのない拒否でもって答える。




 ユリアが必死に提案し、それをのらりくらりと躱すリリアという構図が続いていた時、部屋に置かれた電話のベルが鳴り響いた。



 ユリアが怪訝な表情で電話を見つめるなか、リリアは護衛に取るように指示する。


 護衛が受話器を取り、短い言葉を交わすとすぐに切り、リリアの傍に立ち、耳元で小さい声で告げる。


「排除、滞りなく完了しました。漏らしはありません」


 リリアはふぅと少し息を漏らす。

 自分で感じていないだけで案外、体に力が入っていたのかもしれない。


 リリアの様子に電話の事もあり、訝しげな視線をユリアは送るが、リリアはにこりと微笑みかけると、護衛に命令する。


「始めなさい」


 リリアの言葉に護衛はすぐさま反応し、懐に忍び込ませた銃でユリアの護衛2人を射殺するとユリアに銃口を向け、牽制する。


 ユリアは突然の事態に混乱するが、裏社会に30年以上いたため、これまでの経験や心構えなどですぐになんとか心を整えるとこんな凶行に及んだブラッドリーファミリーに対し、強く睨みつけながら言葉を吐く。


「なぜこんなことをッ!リリアッ!

 ブラッドリーファミリーは戦争をしたいのかッ?」


 睨みつけてくるユリアにリリアは表情を崩さず、逆に笑みを深めると、


「それはユリアさんがよく分かっているのではないですか?

 この商品を私に売りつけてどうするつもりだったのでしょう」


 軽い口調で語られた言葉にユリアは怒りにカッと熱くなった頭が一気に冷え、顔からも熱が引いていくのを感じた。

 口内が乾き、上手く言葉が出ない。


 やはり計画が漏れていたのだ。さっきまで感じていた計画が知れているかもしれない、というのは本当だった……。


「ふふ。計画としてはその商品を私に掴ませて、警察に売り渡そうとしていたんでしょうね」


 楽しそうに言葉を紡ぐリリアとは反対に顔を青ざめるユリア。


 しかし、まだユリアは諦めていなかった。

 まだ拠点には部下達がいる、望みはあると。だが、その望みもリリアの言葉で絶望に変わる。


「ああ、そうそう。

 ユリアさんのカンナヴァーロファミリーは処理させて頂きました。もう貴女のお仲間は残っていませんよ」


「そ、そんな……」


 絶望に染まり、項垂れてしまうユリア。

 見るからに覇気もなく余裕もない姿に、かつての栄華を誇ったファミリーのボスとしての威厳、輝きは失っていた。


「さて、ユリアさんはどうしましょうか」


 くすりと微笑みながらそう宣うリリアにユリアは自分も殺されると感じ、半ば反射的に恥も外聞も捨てて、まだ26の若い女であるリリアの足元に縋ると懇願した。


「お願いしますっ!なんでもしますからっ!殺さないでくださいっ!」


 そのユリアの突然の行動にリリアは一瞬、表情を驚きに崩すも、すぐ笑顔に戻すと年齢で少し傷んではいるがしっかり手入れされているユリアの金色の髪に手を添えるとポツリと零した。


「もう、あの頃のユリアさんはいないのですね……」


 その言葉は寂しげだった。










 リリアはマフィアが蔓延る貧民街で生まれた。

 両親はいない。物心がついたころから一人だった。

 明日生きていられるか分からない生活。寝床はもちろん無く、色々な場所を転々としながら隠れる場所を見つけて寝た。食べ物もなく、ゴミを漁って食い繋いでいた。


 そんなときであった。

 たまたま、ゴミ漁りに出かけたときに見かけたのだ。

 若かりし頃のユリアに。


 綺麗な豪華な服を身に纏い、高そうなハイヒールを履きながらもしっかりとした足取りで厳ついスーツ姿の男を従えながら颯爽と歩くユリアに。


 全て輝いて見えた。太陽の光に輝く金色の髪。その顔からは自信や余裕が感じられた。

 なによりもその美貌に惹かれた。惚れたと言っても過言ではない。


 自分のくすんだ黒髪。ボロボロの布切れのような服。穴だらけの黒く汚れた靴。暗く頬がやつれた醜い顔。


 自分とは全てが違っていた。ユリアは輝きの人だった。


 リリアはユリアに見とれていた。

 気付けば、もっと近くで見たいと思い、傍に寄っていた。


 元々、ほとんど食事も取れていなかったために、ユリアの近くで足元がふらついて派手に転んでしまった。


 恥ずかしいところを見られてしまったとリリアは顔を赤くしながら涙目になった。

 なんで、こんなに私は醜いしドジなんだろうと、ネガティブな感情ばかり頭に浮かぶ。


 蹲りながら、そんな感情に包まれているとき、なんと輝きの人であるユリアが声をかけてくれたのだ。


「大丈夫?立てる?」


「た、立てます!」


 リリアは慌てて立ち上がると近くにユリアの顔があった。

 わざわざこんな自分のためにしゃがんで心配してくれるユリアに、恥ずかしさや間近にある綺麗な顔で照れで顔を真っ赤に染めながら上擦った声をあげながらも立ち上がった。


「なら良かったわ。

 貴女、女の子なんだから綺麗にしないと駄目よ」


 輝きの人、ユリアとお話をしているとリリアは緊張で頭が真っ白になりかけながらも答える。


「でもお金が無いからお風呂に入れない……」


「そうなの。

 まあ、いいわ。ならあげるから綺麗にしなさいよ、貴女可愛いんだから。それと残ったお金で服とかも買いなさい」


 そう言うとリリアにとっては大金であるお金を渡してくるユリアに、リリアは輝きの人に可愛いって言われた!と嬉しさで胸がいっぱいになりながら、お金を受け取ると感謝を伝えながら、名前が知りたくなり思わず聞いていた。


「あ、ありがとうございます!

 あの、お姉さんの名前は?」


 そのリリアの問いにユリアは、


「ユリアよ、可愛いお嬢ちゃん」


 と微笑みながら言うと颯爽と、厳ついスーツ姿の男性と歩き去っていった。


 ユリアが行ったあともリリアはしばらくは動けなかった。


「ユリアさん……」


 名前を呟けば、先程の光景と共に温かいものが胸に染み渡った。


 リリアは思った。


 ユリアさんみたいに輝ける綺麗な人になりたい!



 その後、リリアは早速、ユリアに貰ったお金で体を綺麗にすると服を買った。

 それからすぐに、情報屋のような真似事をしている顔馴染みの少女にユリアのことを聞くとマフィアのボスであり、2、3年前にカンナヴァーロファミリーの中で抜群の功績を残し、他を圧倒してトップに登りつめたという情報を貰った。


 リリアはユリアへの憧れから、ほかのマフィアに入り下積みをしたあと、頭の回転がよく優秀であったこともあり、幹部まで登りつめた。そこで、ボスや幹部以外を自分の派閥に引き込むと、ボスや幹部を排除し、トップに登りつめ、ファミリーネームも変え、自分独自のファミリーとした。

 ちなみに、リリアのファミリーにはかの情報屋の真似事をしていた少女もちゃっかり入っている。

(ユリアの場合は、組織の構造は変わらずに昇進のような形でトップに変わったため、ファミリーネーム自体は変わらない。)


 そして、リリアがトップとなり確実に勢力を伸ばしていたころ、ユリアと再会した。


 リリアは喜んだ。憧れの輝きの人であるユリアにまた出会えたと。久しぶりに出会えたが、その輝きは失われていなかった。

 その時、あえてユリアのことをぼかして話をした。ユリアが覚えている保証はなく、ファミリーのボスとしての再会でもあったからだ。それでも話したかった。

ユリアはそうなのね、と言っただけだったのでやはり忘れていたのだろう。


 また、ユリアとリリアのファミリーは勢力圏について抗争こそなかったが、色々と衝突していたために、仲良くなりたくてもファミリーのボスとしては一応、敵同士であるためにそれもできなかった。


 そして、そのファミリー間での軋轢はとうとう、カンナヴァーロファミリーの計画により今回の事態にまで発展した。









 リリアは、足元に縋り付くユリアに寂しげに微笑んでいた。


 昔の、輝きの人であるユリアなら、まずこのような穴だらけの計画を立てることもない。かつて、実力でマフィアの中でのし上がった敏腕は衰えてしまったのかもしれない。


 さらには、このように足元に縋り付いて懇願するような真似はしない。

 殺すなら殺せ、と堂々と胸を張りながら悠々とソファーに座っていただろう。


 所詮、リリアの思い浮かべる過去のユリアという偶像でしかなかったがーー。




 かつて輝いていた人、今のユリアからは自信や余裕もなく輝きが失われていた。今は、自分の足元に縋り付いている。憧れの人がである。尊敬していた人がである。



 殺すなら殺せ、という態度。そこまでいかなくても堂々とした態度でいるならリリアはファミリーの中でもそれなりの地位につけ、ブレーンとして色々な相談したいと考えていた。今回の計画のような杜撰なものは勘弁だが、これまで生きて培ってきた知識は何物にも代えがたいものだからだ。


 しかし、その考えも今の姿を見ると霧散してしまった。



 リリアは、昔のユリアの姿の回想に耽っていたが、思考を戻し、いまだに足元に縋り付いて懇願するユリアを上から眺める。


 殺すのは忍びないかーー。


 ユリアの処置を決めると立ち上がり、縋り付くユリアを振り払い、涙を流しながら呆然としているユリアを一瞥すると部屋を出る直前に、


「殺しはしません。変わりに私のペットになってもらいます」


 と、一言だけ告げると優雅に歩き去った。


「ありがとうございますっ!ありがとうございますっ!」


 リリアのその背中にユリアは必死に感謝を伝えたーー。










 その声が廊下に響いたとき、リリアの頬には一筋、雫と言葉が零れた。


「さようなら、輝いていた人……」



























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