エピローグ 物語は、まだ始まったばかりだ。

エピローグ 物語は、まだ始まったばかりだ。

 体から、音が鳴ってるように見えた。


 全身が打ち鳴らす、バスドラムの低音。

 シンセの電子音を、五本の指先が滑らかになぞる。

 握りしめた拳が、裏拍で入るスネアを捕まえた。


「やっぱり、すごいなあ」


 屋上に続くドアの前。

 薄暗いそこから、ほんの少し開けた隙間を通って、眩しい景色が飛び込んで来る。


 青空の下、スマホの音に合わせ、生き生きと踊る、彼。


 見入る。聞き入る。感じ入る。

 全身が沸騰したみたいに、かぁっと熱くなる。


 ドキドキした。


 その技術に。そのノリに。そのカッコよさに。何より――


「おはよう! お待たせ!」


 これからこの人と、一緒に踊れるということに。


 ドアを開けて駆け寄ると、咲楽くんは音楽を止めた。


「おはよう。いや、そんなに待ってないよ」

「そ? じゃあ、始めよっか」

「うん。まずは昨日の復習からかな」

「はーい」


 そんなやり取りのあと、練習を始める。

 曲を流して、昨日までに決めたフリを通しで踊る。


「うん、いい感じ!」

「意外に覚えるの早いよね。助かる」

「ありがとー……いや意外にって、超失礼!」


 ごめんごめん、なんて笑って謝る彼。

 そんな顔できるんだと、怒りはどこかへ飛んでいってしまう。


「そう言えばさ。秋名さんって大丈夫だったの?」


 ふと、彼はそんなことを口にした。


「愛? 愛がどうかした?」

「いや……コンテスト、甘音さんと一緒に出たかったんじゃない?」


 確かに、愛からは誘われていた。

 つい先日、「ごめん、あたしやっぱり別の人と出たい」と謝ったところだ。


 完全にこっちのわがままだから申し訳なかったけど、


「大丈夫だったよ。愛は愛で、スタジオの友達に誘われてたんだって」

「へー、スタジオ通ってるんだ。どうりで上手いと思った」

「でしょ! 自慢の相方だからねー」


 自分が褒められたわけでもないのにドヤってみると、咲楽くんはふっと微笑んだ。

 そして少し表情を曇らせると、


「本当によかったの」

「え?」

「俺と組んでさ」


 そんなの、聞かれるまでもない。


「よかったに決まってるじゃん!」


 即答すると、咲楽くんは何かが目に入ったみたいに顔をしかめた。


「……そっか。まぁ、秋名さんも他の人と組めたならよかった」

「うん。気にしてくれてたんだ」


 あたしと愛の仲が悪くならないか、とか。

 あんまり人と関わろうとしないくせに、よく気づく。


「いや、恨みとか買いたくないし。夜道超怖いじゃん」

「ただのビビりだった!」


 まぁでも、そう言うなら、そういうことにしといてあげよう。


「でも、安心してる場合でもないかもよ?」

「え、すでに恨まれてた? ごめんなさい許してください刺すのは一回で勘弁してください」

「愛のイメージ怖すぎじゃない!?」


 確かに気は強めだけど。そうじゃなくて、


「咲楽くんも、愛のこと上手いって思ったんでしょ。愛が組む子もメチャメチャ上手いから、たぶん強敵だと思う」

「見たことあるんだ」

「一回だけね」


 愛に連れられて、一緒にレッスンを受けたことがある。

 スタジオはちょっと遠くて、アニメ見る時間がなくなっちゃうから通うのはやめたけど。


 愛から聞いた名前は、そのときに会った子だった。


「たしか……リンちゃんって言ってたかな。ロックとかキレッキレだったし、なんかオーラ? みたいなのあったし。今どれくらい上手くなってるか……って、聞いてる?」


 と、なぜか咲楽くんは固まっていた。ものすごい顔が引きつってる。

 え、何どうしたの急に。


「もしもーし?」

「……へ」

「どうしたの、急に固まっちゃって」

「い、いや……なんでも?」

「なんで疑問形だし」


 ホントどうしたんだろ。

 首を傾げていると、彼は急に自分の頬をバシリとやった。


「わ、びっくりした」

「そ、そんなことより、練習しないと。うん、そんな手強いなら、頑張らないと。うん」


 え、メガネとかズレてるけど大丈夫?

 と思いながらも、言ってることは間違いない。

 あんまり触れない方がよさそうだし、


「だねー。とりあえず、ちゃっちゃとフリ完成させちゃおう!」


 そう言って、この話は終わった。

 そこから二人で、練習を再開する。


 踊って、話し合って、考えて、また踊って。

 そんな繰り返しすら、楽しくて仕方ない。


 最高のパートナーに、最高のダンス。

 そして、曲はもちろん――


「あー、やっぱ最高だね!」


 しばらく踊って休憩中、屋上のフェンスに背を預け、足を投げ出して座った。

 片手に持ったペットボトルの水が、ちゃぷんと音を立てる。


「何が?」


 少し間を空けて、隣に座る咲楽くん。

 その横顔を見て、あたしはきっと満面の笑みで。


「――アニソン!」


 彼がこっちを向いた。

 その顔が、穏やかな笑みを浮かべた。


「だね」


 たった二文字。

 でも、あたしと彼の思いが、たしかに重なった二文字。


 その微笑みは、何だかとても眩しく見えて。


「よし! まだまだ、いっぱい踊るぞー!」

「いや、休憩短っ」

「だって時間もったいないし。ほら!」

「はいはい、了解ですよ」


 そして、再び踊りだす。



 早朝、青空、照り付ける日差し。あたしたちの物語は、まだ始まったばかりだ。


                          ――END――

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る