第三章5 関門を超えて

 最寄り駅まで電車に揺られ、改札を抜ける。


 その間ずっと、彼女は何か考え事をしているような表情だった。

 珍しく話しかけてもこない。


「俺、こっちだけど」


 少し歩くと、交差点で立ち止まった。

 そこで俺は左に曲がる。彼女がどうかは知らない。


「あ、うん……あたしはあっち」

「そっか。じゃあ……」


 ここでお別れだ。「また学校で」なんて挨拶をしようとしたら、


「あ、あのさ!」


 彼女は、急に大きな声を出した。


 どうやら、考え事の結論が出たらしい。「何?」と聞き返すと、一度深呼吸をしてから、ゆっくり口を開いた。


「あの、ね。その……今度、ダンス部で発表会があるんだ。今月末、一年生の練習を兼ねて、学内だけのやつ」


 『ダンス部』と口にするとき、彼女は一瞬目を細めた。

 きっと、俺も同じようにしていたと思う。


「……うん」


 それだけを返す。

 そこが第一関門だった。

 少し前の俺だったら、その時点で会話を打ち切ってたかもしれない。


「それで、あたしも出るんだけど」


 そしてどうやら、第二関門。


 彼女はそこで言葉を切って、唾をゴクリと飲み込んだ。

 一瞬口を開いて、一度だけ閉じて、もう一度開いて。


 ゆっくりと、けれど一息に言いきった。


「もしよかったら、見に来てくれませんか……?」


 不安そうに揺れる瞳。

 胸元できゅっと握られた両手。

 珍しく丁寧な口調に、俺の胃の辺りがひゅっと縮んだ。


「あ、けっこうみんな来るし! 見に来たからって、それでダンス部に勧誘されたりとかはないから! だから……」


 俺はどんな表情をしていたんだろう。

 彼女は焦った様子であれこれ喋り始める。


 今まで踏み込んでこなかった、ダンスの話題。

 それについに触れて、彼女はこんなにも不安そうにしていて。


 まずは仲良くなってから。

 そう言っていた彼女は、それでもまだ不安なんだろう。

 でも。


「……まぁ。観に行くだけなら」


 それくらいの信用は、もうとっくに勝ち取ってるよ。

 これだけいろいろ気にかけてもらって、それで何も感じないほど、俺も人でなしじゃなかったみたいだ。


「ホント!? やったー!!」


 嬉しそうに、俺の肩をつかんでピョンピョン跳ねる甘音。


 いやちょっと近い近い、だからラフプレーはやめてくださいって言ってるでしょう。

 肩にかかった負担のせいだけでなく、心臓が激しく脈打つ。


「えへへ、よかったぁ……あたし、頑張って練習するから!」


 俺から離れてそう言った彼女は、ふにゃりとした笑顔。


「……そう。まぁ、頑張って」

「うん!」


 最後にそんな言葉を交わすと、彼女は大きく手を振りながら、交差点の向こうに走っていった。

 俺はそれを見送って、交差点を左に曲がって、大きくため息を一つ。


 本当に、今日はいろいろあった。

 楽しかったり、大泣きしたり、いたたまれなかったり、辛かったり、ホッとしたり……ドキドキしたり。

 こんなに感情が動いたのは久しぶりだ。


 そして、そんな日には。


「……踊りてぇ」


 早く明日の朝が来ればいいのに。

 そう思ったのも、久しぶりのことだった。






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2021/6/8 白井直生

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