第二章4 挨拶は大事

『こんばんは! MINE教えてくれてありがとね! 改めてよろしくー』


 その夜、甘音から送られてきたメッセージである。

 実際はこれに絵文字が付く。


 ……さて。どうしたものか。


 勢いに負けて教えてしまったものの、俺は踊る気はない。

 つまり、彼女と連絡を取る必要性は皆無だ。


 ただ、やっぱり完全無視はリスクが高い――かもしれない。


『こんばんは』


 とりあえず、それだけ打ってみた。

 まぁ、挨拶はしないと。

 こんばんはって言われたら、こんばんはって言う。こだまでしょうか、いいえ、誰でも。


 で、次は?

 ありがとう、か。ありがとうに対しては、どういたしまして。

 よろしくには……こちらこそ?


『こんばんは。どういたしまして。こちらこそ』


 いや、うん。さすがにこれはない。


 っていうか、どういたしましてってなんか偉そうだよね。

 ありがとうに対する別の返事。

 MINEを教えてお礼を言われて……こちらこそ、教えてくれてありがとう、とか?


『こんばんは。こちらこそ、教えてくれてありがとう。こちらこそ』


 なんか長いな。

 別にありがたいと思ってないし。むしろ今困ってるし。


 うん、嘘はよくない。

 ここはアレだ、細かく言わないことでボカすという技を使おう。

 日本語特有のファジーさを活用するとき。


『こんばんは。こちらこそ。こちらこそ』


 リフレインしちゃったよ。

 言い換えるとルフラン。うーん、還りたい。


「めんどくせー……」


 ドサリ、とベッドに倒れ込む。

 何でこんな気を遣わなきゃいけないんだ。


 いや、別に仲良くなる必要もないし、最低限の返事だけすればいいんだよ。

 っていうか、普段俺ってどんな感じだっけ。


 参考にと、奥田くんとのやり取りを見てみる。


『明日の宿題ってどこだっけ』

『練習問題の問一~問三だよ』

『ありがとう』


 ぐっ! と親指を立てるスタンプが返ってきて、会話終了。


 うん、淡白ー。

 まぁ、野郎同士のMINEなんてこんなものでは?

 女子のサンプルは当然ない。うーん……


『こんばんは。どういたしまして。こちらこそ』


 結局、それに落ち着いた。まぁいいや。


 何なら、これで嫌われた方が都合がいいまである。

 あ、でも嫌われるまで行くと危ないから興味なくなるくらいがいいかな……なんてスマホを置くや否や、ブブッとバイブが声を出す。


『うん! ところでさ、昨日の鬼術見た!?』


 はい、一向に怯みません甘音さん。

 まぁそんな気はした。


 なら、もう適当に返せばいいか……。

 はいはい、昨日の鬼術の話ね。


『見たけど』


 まぁ、オタクには鉄板な話題だ。

 昨日の鬼術はエグかった。


 劇場版かよって作画。戦闘シーンが動く動く。

 そして大人気の先生が無双する回。まぁ語りたいよね。

 ただ、俺はそこよりも――


『やっぱり、西堂せいどう最高だよね! 先週もよかったけど今週が特に好き!』

『それ。あの絶妙なウザさが完璧に再現されてた』

『絶妙なウザさwそれだw』

『西堂考えた塵見ちりみ先生は神だし、力を注いでくれたスタッフに感謝しかない』


 ……しまった。まただ。


 どうもダメだ、甘音と趣味が合いすぎる。

 こんなだからオタクトークが続いてしまう。でも、西堂を一番に言われちゃ仕方ない。

 っていうか――


『あと、鬼術のED好き』

『映像がもうさ』

『尊いよね……』


 と三連打。

 ――この人、またアニメの話しかしない。


 MINEを交換したことで一歩踏み込んでくるかと思いきや、そうでもなかった。

 まぁ、そうなったら全力で引いてた自信はある。


『じゃ、あたしそろそろ寝るね! おやすみー』


 しばらくオタクトークして、そのまま終了。

 本当に調子狂うな……。


 ちなみにその後、『おやすみ』と返すかどうか十五分は悩んだ。


****************


 翌朝。


「あ、おはよー!」

「だから、何でいるの……」


 何故か彼女は屋上にいた。


「あいさつ!」

「おはよう。で、何で。俺に踊る時間をくれるって話だったと思うけど」


 だからMINE教えたはずなんですけど。


「挨拶しにきただけだよ? どっちにしろあたし、朝練で毎朝この時間に来てたし。それに、そろそろちゃんと練習しないと。発表会も近いから」


 あぁ、だからあの日出くわしたのか。密かに疑問だったことだ。

 って、


「え、本当に挨拶だけ?」

「うん! あいさつだいじ!」


 うーん、本当に何なんだろうこの子。


「それに、単純接着? 繰り返すといいよって、何かのアニメで見たし!」

「単純接触ね。あとそれ、言わない方がいいやつ」

「あははー。じゃ、そーゆーことで!」


 笑いつつ、甘音は本当に屋上を出ていく。最後に、


「また夜にね!」


 そんなことを言い置いて。

 うーん、その台詞もかなりあざとい。


「……まぁ……踊るか……」


 何かもう、すっかりペースに飲まれてる気がするけど。

 めんどくさくなったので、踊って忘れることにした。

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