第二章5 日常
それ以降、甘音はずっとそんな調子だった。
朝は挨拶だけして、夜にはMINEでオタクトーク。
俺もだんだん慣れてしまって、しまいには――
『ねぇ、あたしソレの初回限定盤持ってるよ。OVA付き! 貸したげよっか』
『マジか! ぜひ!』
なんてことも、普通にするようになってしまっていた。
そんなことが数回あって、気がつけば四月も末。
「でさ、そのときアイツが――」
「えー、ヤバー!」
教室では、以前と何も変わらない。
俺と甘音の接点はゼロ。
ああやってギャル友達と話しているところを見ると、俺がMINEで話しているのは本当にあの子なんだろうかと不思議な気持ちになる。
「咲楽くん? 次、化学室だよ?」
「あ、ごめん。今行く」
声をかけられ、オタク友達の奥田くん福島くんと三人で化学室へ向かう。
「そう言えばさ、イベント何箱行った?」
「僕、百箱行ったよ」
「速すぎるんだよなぁ……咲楽くんは?」
「あー……ちょっとモチベ上がらなくて」
「そっか。福島くん、何パーティーで回ってる?」
「クリティカル主体だね。まぁまぁ安定する。奥田氏はー?」
このとおり、この二人はゲームが主戦場のオタクだ。
大概二人で盛り上がっているので、俺はそれを横で聞いてるのがデフォルト。
二人が話している『FGP』は俺も一応やってるから、暇つぶしのラジオ的に聞くのにちょうどいい。
そんな立ち位置を認めてくれる辺り、二人ともいい奴だなーと思う。やっぱりオタクは味方。
そんな風に休み時間をやり過ごして。
体育の授業、バスケのパス練習の最中だった。
「咲楽氏ー?」
「あ、ごめん」
福島くんに呼びかけられ、バスケットボールを投げ返す。
「……今、女子の方見てた?」
「…………いや?」
嘘です、見てました。
ふと甘音が視界に入って、ちょっと見ていたのだ。
女子は既に試合をやっていて、彼女がちょうどシュートを決めたところだった。
そうだろうと思ってたけど、運動神経はかなりのものらしい。
「いや、大丈夫。分かるよ」
「……何が?」
ニヤニヤしながらそう言う福島くんに、怪訝な顔を返す。
「甘音さん、やっぱりいいよねぇ。可愛いし、やっぱりあのおっぱいはでぺっ」
「あ、ごめん。手が滑った」
思いのほかスピードが出たボールが、福島くんのキノコヘッドを直撃した。
ヘッドショットだ木偶の坊!
ひどいよ咲楽氏ー、とボールを拾う福島くん。
「そう言えば、あの噂って結局どうなんだろうね。甘音氏オタク疑惑」
「……さぁ。どっちでもいいよ」
なんとなく、真実は隠した。
まぁ、ほら。何で知ってるのって言われたらめんどいし、ね?
****************
その放課後、珍しく寄り道をした。
掃除当番を終えると、早いところでは部活動が始まっている。
北校舎の玄関前が、ダンス部の練習場所の一つだった。
ガラス張りのドアを鏡代わりに使っているのだ。
そこが見える中庭のベンチに、自販機で買った紙パックのコーヒーを啜りながら腰掛けた。
周囲にはまばらに人影がある。
距離も遠いし、ここなら見てても目立たない。
「……あ、いた」
三グループが練習していて、手前の方に甘音はいた。
二人組らしく、もう一人はクラスメートでもある
ギャルでダンサーなうえに甘音よりも強気なので、極警戒対象である。この前睨まれたし。
二人は何やら話し込んでいた。
フリを詰めているのか、隊形を決めているのか。
身振り手振りを交え、真剣な顔つきだ。
「……何してんだろ、俺」
口に入ってくるコーヒーに空気が混じり、残量が僅かだと気づく。
それで冷静さが戻ってきた。
コーヒー飲んで遠くから監視とか、完全に張り込みの態勢。アンパンがあったら完璧だ。
ほぼストーカーじゃないこれ?
「飲み終わったら帰るか……」
と思ったら、ちょうど動きがあった。
ゆっくりした動き。どうやらカウントで踊ってるらしい。
声でリズムを取って、フリを確認しているのだ。ダンス練習ではよく見る風景。
見た感じ、けっこう上手い。フリはかなり細かそうだ。
ただ、曲で踊るのはまだ先っぽいな。
「……うん。帰ろ」
コーヒーがずずっと
帰り際に少し振り返ってみると、二人はまた話し合いに戻っている。
真剣な彼女の表情が、やけに頭に残った。
その夜、甘音からは相変わらずMINEが来ていた。
相変わらずオタクトークをして、またDVDを借りることに。
それで会話が終わりかけたのだが、
『ね、今日なんだけど』
と言われた。『何?』と返すが、しばらく返事が来ない。
もしかして、今日見てたのバレた?
冷や汗が背中を伝う。
十分ほど嫌な気持ちを味わった後、寝落ちしたかなと思ったところで来たのは、
『ううん、なんでもない!』
『じゃあ明日、DVD持ってくからね! おやすみ!』
という、強制終了のお知らせ。
寝るという相手に突っ込むわけにもいかず、
『よろしく。おやすみ』
とだけ返した。
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