胡雛有心

合澤臣



 暗い石の走廊ろうかには小さく切り取られた窓辺から漏れる陽脚ひあしが入り込み光の帯をつくる。寸分の隙もなく滑らかに敷き詰められた目地の長くまっすぐな石畳を、高竺こうとくはその縞模様を身に纏いながら音を立てずに歩んでいた。物思いに沈んだふうの彼は先だけひげの伸びた顎をさすりながら角を曲がる。ひとつ階を上がったところで馴染みの同僚に鉢合わせた。


「すまん」

「いや、私も気を逸らしていた」


 籠を抱えた女はこぼれたものを取ろうと屈む。手伝い、白い花を摘み上げた。

茉莉花まつりか?」

 小さな花は開く直前のものでかぐわしい芳香を放っている。集められたのはどれも同じものばかりだった。

「茶をれて差し上げようと」

 誰に、とはくまでもない。高竺は落ちた蕾を全て拾い、女の抱える籠にそっと落とした。

「また加減が良くないのか。薬師いしゃは」

「しばらくは安静にと。良い香りであれば身体からだにもいいと聞いたので」

 そうか、と立ち上がった。「よろしく伝えてくれ」

 言うと不満げにきりりとした眉をひそめた。

「たまには見舞ってやってほしい」

「そうしたいところだが、帰って来たばかりで血腥ちなまぐさいだろう。またの機会にするよ」

 相手はそれでも不機嫌な相好を崩さない。高竺は美女の怒り顔に困って頭を掻いた。

「分かっているだろう高竺。当主のお加減も良くない。閼氏えんしは手一杯なんだ。お前は好かれているのだからこたえてやってくれ」


 彼らが仕える当主のさいは閼氏と呼び習わした。彼女は夫の介抱でかかりきりになっており、同じく体調のかんばしくない実子の世話まで手が回らない。こちらはこの女ひとりで切り盛りしているのだ。しかし高竺はそれでも溜息をつく。戦場のにおいがまだ消えていないことが自分でも分かっているからだ。


「すまん、丞必しょうひつ。今はやはりまだ無理だ。きちんとけがれを落とさないとますますお身体に障るだろう」

 丞必は具合の優れぬ主の癇癪かんしゃくに手を焼いており、相当疲れが溜まっているとみえた。

「……仕方ない。ではえんと遊んでやってくれ。あれが同じ房室へやにいるとうるさくてかなわない」

「それならお安い御用だ」

 頼んだぞ、という言葉に手を振って別れる。御子みこ替身みがわりとして双子のように育てられた炎は主とはまるで性格が真逆でいつもやかましいが、相手をしているとこちらまで楽しくなる。そんな子どもだった。


 遠征から帰還したばかりで高竺も疲れていないとは言えなかったが、仮にも城で良い待遇を与えられ身を粉にして尽くすと誓った手前、たとえ飯事ままごと遊びとしても全力で相手してやらねば。そう思って伸びをしつつ、黒い城の中から白く発光した灼熱の中庭へと降りていった。





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