第2話

 授業中なので馬鹿笑いするやつは居なかったものの、さすがに全方位からくすくすと笑いをかみ殺す声が漏れ聞こえてくる中、俺は顔を真っ赤にして俯いてしまった。

 俺に母さんと呼ばれた若い科学教師もまた笑いをかみ殺しながら肩を竦めて言う。


「それじゃ、息子くんにはお母さんの片付けを手伝って貰おうかな。放課後科学準備室に来てくれる?」


「はい……」


 早くこの話題を終わらせたい一心で小さく即答した俺は、放課後素直に科学準備室へ赴いた。

 段ボール詰めになった資料をロッカーに入れたり、欠けたり劣化したビーカーやフラスコの処分を手伝ったり、なるほど女教師ひとりの手には余るって感じだった。


「いやあおかげで助かったわ。ありがとありがと」


「いえ、そんな別に」


 素直に感謝されるとちょっと照れくさい。

 作業が済むと「本当は生徒には出しちゃダメなんだけど」と言いながらコーヒーを淹れてくれた。ただしマグカップはないのでビーカーだ。


「こ、これが理系名物ビーカーコーヒー!」


「あはは、なにそれ?」


「男の子のロマンってやつですよ先生」


 男の子ってのは一度はこういうことをやりたくなるもんなのだ。少なくとも俺はそうだし、友達にも自慢出来る。


「そうなの? それならフラスコとかもっとそれらしいのに淹れればよかったかしら」


「いいですね! 次の機会があったら是非お願いしますっ!」


「はいはい。まったく、男の子のことはお母さんにはわかんないわねー」


「ぐはあっ!?」


 俺は危うくコーヒーを噴き出しかけた。


「そ、その話はもう……」


「あはは、いやあ教師になれば一度や二度ならずあるって言われてはいたけど、初めてだったものだから」


「あ、はあ……」


 俺と向かい合わせに座っていた先生は笑いを堪えながらビーカーを置くと、立ち上がって隣に移動してきた。


「こんな若い先生にお母さんだなんてイケナイ子ねー」


 滅茶苦茶距離が近い。消毒や薬品の匂いに紛れて香水なのか先生そのものなのか、とにかくいい匂いがする。


「どうすればもう間違えられないかしら」


「え、ええ……?」


 先生の柔らかいところに肩が沈み込んでいく感触。そして近いっていうか既にゼロ距離、いや、むしろ食い込んでるからマイナス、ふたりの距離が虚数宇宙だ。これがクラスの女子にはないオトナのオンナの包容力ってやつなのか。破裂しそうなほど、短距離走の直後よりも激しく心臓が脈打っている。


「お母さんが絶対しないようなことしちゃえば……もう間違えないかしらね……」


 耳に息がかかって鳥肌が立った。他にも色々なところが立った。


「ぜぜぜぜぜぜぜったいしないようなななな」


「本当は生徒には手を出しちゃダメなんだけど……男の子のロマンってやつかしら? こういうのも」

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