第20話 さあ、行こう!
外廊下から校舎への段差に僕らは腰をかけていた。降り続ける雨が恨めしい。
なんで僕なんだ――僕じゃなく、誰か他の人が夢で見ていたなら、助けられていたかもしれないのに。結局、僕なんかじゃ、誰も救えない。
情けなくて、悔しくて、涙が込みあげてくる。
「行くよ!」
突然の声とともに美和が立ち上がっている。視線は廊下の先、体育館へと向かっている。
「私たちは自分を信じてやるしかない。そうでしょ?」
美和の視線が向かってくる。
「みんなに届けよ。必死に思いを込めたら言葉は届く。絶対に」
真直ぐな瞳に、僕の頭は自然と縦に動いた。いつかのように。
ゴリさんも力強い声とともに立ち上がっている。「いっちょ、やったるか」
体育館に向かって歩きだした僕ら。その視線の先に、一人胸を張って向かってくる姿が映った。立ち止まる僕らへと真直ぐ向かってくる。そして、目の前で足が止まった。
「どこに行く?」
強い言葉にも、ゴリさんは視線を落とすことなく、「体育館です」
それに対し、校長は口を結んだまま、鼻から長く息を吐きだした。
「その前に、ちょっと話しておきたいことがあるんだが」
校長の話しはノッポさんのことだった。話しの途中からゴリさんの口はポカーンといった感じに開きだしていた。きっと、僕も同じような顔をしていただろう。
どうやら、ノッポさんは本部に向かう前に、隊長の姿を目にし、僕らの話しをしたようだ。そこで、くだらん、と鼻で笑い飛ばされ、しっかり任務をこなせと怒鳴られたという。しかも、監視までされていたようだ。
話しが終わったところで、ちょうど駆け寄ってくるノッポさんの姿が目に入った。
「トシヤ」
すぐにゴリさんは声をかけたが口ごもり、言葉が続かない。
ノッポさんは、ゴリさんと校長の様子で察したらしく、
「ほんと、ゴリラってやつは思い込んだら周りが見えない暴れん坊でやんなるよ。昔からそうだが、それはゴリラの習性か」
そんな軽口に対しゴリさんは、ゴリラに失礼だよ、と返している。
ノッポさんが微かに笑い、ゴリさんは、ごめん、とばかりに小さく頭を下げた。その光景を、いかつい顔の優しげな瞳が見つめている。きっと、昔もこんなんだったと思う。なんだか胸の奥が温かくなる。
校長の瞳が僕らへと向かってくる。瞳には力がこもり、真剣な眼差しに変わっている。
「君たちの話しは聞きました。ですが、君たちと会って間もなく、話しが信じられるかと言われば、信じるのは難しいというのが正直な気持ちです」
僕らが何か言う前に、ゴリさんが、先生、と詰め寄った。校長はそれを手で制し、真直ぐとゴリさんを見つめ、
「ヒロミ。お前はこの子たちの話しを信じられると言うんですね」
その言葉に、ゴリさんは校長を真直ぐ見つめ返し、力強く「はい」と返してくれた。
「トシヤ」視線がノッポさんへと移った。
同じ言葉に対し、ノッポさんも校長を真直ぐと見つめ、「はい」と返してくれた。校長の視線が僕らへと向かってくる。
「こいつらのことは、よーく知っています」
その実感のこもった言葉から伝わってくる。僕が知らない濃密な時間、きっとそこには確かな何かがあるんだと思う。
「そんなこいつらが、はい、というならば、自ずとやるべきことは見えてきます」
校長は僕らにうなずきで、その思いを伝え、
「トシヤ。確認にしてきた状況を教えてくれるか」
ノッポさんは返事とともに、胸ポケットから白い紙を取りだした。小さな子や歩行困難者、妊婦などといった搬送が必要な人が書きだされている。
思い起こせば、さっき体育館に行った時から、胸ポッケトからはみだす白い紙が目に止まっていた。きっと、隊長の目を気にしながらも、調べ上げてくれていたのだろう。
「よし。それじゃあ、行くとするか」
今にも走りだしそうなゴリさんに校長が、
「まさかとは思うが、このまま体育館に行って、呼びかけたりするつもりじゃないよな」
ゴリさんは、いや、と言ったが、きっとそのつもりだったと思う。そういう僕も足が体育館に向かいかけていた。
「いいか、ヒロミ。昔から言っているだろ。勝利のためには、真っ向勝負の強打ばかりではなく、時には軟攻(フェイント)も使えと」
校長の声へと耳を傾ける。すでに、ここに来るまでいろいろ考えてくれていたようだ。ゴリさんやノッポさんの目を見たのは、最後の確信を得るためだったのかもしれない。
校長の指示に、僕らの返事が重なっていく。
「じゃあ、ヒロミ。後で頼むぞ」
そう言って立ち去る校長に、ノッポさん、そして、僕と美和も続いた。ゴリさんだけを残して。
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