第9話 雨の朝
いつもの朝のように小鳥の声は聞こえてこない。強い雨が屋根を叩いている。部活の試合ということにしている以上、制服を着ていくしかない。
しかも、これも。柔道着が入った肩かけバッグを手に取り、静かに階段を下りていく。
母ちゃんの姿はない。昨日は21時頃に、ただいま、という声が聞こえたが、寝た振りを決め込んだ。
テーブルの上に焼かれたソーセージとレタスがのった皿がある。焼かれていないが食パンまで用意してくれている。
手を合わせ、それらを口へと運んでいく。ふと、目に止まった伝言板。そこには、『がんばれ』、とある。
「ごめん」
本当は試合なんかじゃないんだ。焼かないままの食パンも口に押し込んだ。
傘を差して門をでると、淡いブルーの傘が目に止まった。制服姿でスポーツバッグを襷がけにした美和が近づいてくる。
こんなに早く――まだ5時だっていうのに、もう試合に行くのか。
「いやあ、こっちも柔道の試合があったんだよね」
頭に浮かんだ嘘が口をつく。
「バッカじゃないの」、一刀両断するような鋭い言葉が返ってきた。続けて、「ほら、行くよ」
美和は向きを変えて、歩きだしている。
慌てて後を追い、「試合に行くんじゃ?」
美和の足は止まらず、こっちを一瞥して、
「そんな格好してるってことは、そっちも同じような理由か」
「えっ?」
どういうこと?
「嘘が下手なくせに、気ばっか回すんだから」
電話での嘘は全て見透かされていたのだろうか。だけど、美和の場合は本当に試合が、
「でも、試合は?」
「そんなことより、急がないと始発に乗り遅れちゃうよ」
微かな笑みを浮かべ、足を速めていく。
きっと、美和も、朔じいに余計な心配をさせないように、僕と同じように嘘をついてきたのだろう。申し訳なさを感じながらも、ホッとする自分がいた。
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