第35話 リーゼは朝からパンケーキを食べ続ける

「しかし朝っぱらからこれだよ用意しないといけないのは大変だね、旦那くん」

「大変と書いて大きく変わる。これは僕が成長するための糧なのだよ!」

「そ、そう……結構ポジティブだね、旦那くん」


 パンケーキを頬張りながら、山下は唖然としている。

 僕はそんな彼女とリーゼの顔を横目に、パンケーキを焼いていく。


 リーゼはすでに十枚程食べていたが……まだいけるらしい。

 いつものことだが驚愕の一言だ。

 僕は途中で一一枚食べたのでそれで十分。

 山下も一枚でも多いぐらいらしい。


「残りそうなら食べてやろうか?」

「あ、お願い」


 山下はパンケーキを半分のところで切り分け、リーゼのお皿に移す。

 リーゼはそれをさらに半分に切り分け、一口ずつで食べてしまう。


「私、朝はあんまり食べれないんだよね」

「私は朝昼晩、どれだけでも食べれるけど?」

「リーゼは大食漢だからね。そこもまた可愛い」

「どこに可愛い要素があった? ごめん、全然共感できないわ」


 山下に共感してもらわなくても構わない。

 僕がリーゼを可愛いと思うその気持ちが大事なんだ。


「と言うかさ……そんなに食べてたらゲームする時間、無くなっちゃうよ?」

「ああ……本当だ。だが食べるのは大事だからな。ゲームは二の次だ」

「えー。食べながらゲームしようよぉ」

「そんな行儀の悪いことしちゃいけません!」

「なんで母親口調?」

「食べる時は食べることに集中した方がいいよ。そうすれば一つのことに集中できる訓練にもなるしね」


 山下は感嘆の声を上げる。


「へー。旦那くん、結構考えてんだね。ただリーゼのこと甘やかしてるだけだと思ってたのに」

「僕はリーゼのことを心の底から想ってるの。彼女のために色々考えてるんだから。だから、食べながらは流石にゲームはやらせません」

「ふーん……愛されてるね、奥さん」


 ニヤニヤ笑いながら山下はリーゼを肘でつつく。

 リーゼは平然と彼女に答えた。


「みたいだな。と言うか、私を愛してないような相手と結婚はしないよ」

「……なんかからかいがいが無いなぁ。そういうところは、付き合い立てのカップルとは違うんだね」

「もう熟年夫婦の域まで達してるね、僕たちは!」

「それは言い過ぎだ」


 そうだった。

 まだ新婚ほやほやだったんだ、僕たちは。

 うん。だってまだチューしかしてないもんな……

 熟年夫婦は言い過ぎというか、妄言もいいところだった。


 僕は追加のパンケーキをテーブルの上に置く。


「こんな調子じゃ、朝からゲームは無理だからさ、もっと早くから朝食済ませておいてよ」

「分かった分かった。今度お前が来るときはそうするよ」


 リーゼの返事に満足した山下は、僕に向かって言う。


「じゃあそういうことだから旦那くん、明日はよろしく頼んだぜ!」

「明日っていきなりだな。もっと間隔開けないの?」

「だってリーゼと遊びたいんだもん。旦那くんだけに独占させないよぉ?」


 僕だってリーゼと遊びたいんですけど?

 なんてことを考えながら、テーブル前に座る僕。


「とりあえず、朝はこれぐらいでいいでしょ?」

「まぁ満足とはではいかないけど、よしとしよう」

「ま、まだ入るんだ……」


 テーブルの上に置かれた6枚のパンケーキ。

 山下はただ唖然とするばかりであった。


 リーゼはそれらを軽く完食してしまい、食後のコーヒーを楽しんでいる。


「コーヒーはコーヒーで美味いが、この間のキャラメルマキアートも美味しかったな」

「なるほど……」

「……っておい! 旦那くん。キャラメルマキアート用意しようとか考えてんじゃないでしょうね?」

「え? そのつもりだけど?」


 僕が顎に手を当て思案していたことを山下に見抜かれていた。

 リーゼが美味しいというのなら、全力で用意するのが僕だ。

 

 何が必要な知らないが、できるものなら絶対に用意する。

 僕はそう考えていたが、山下から見たら愚かにしか見えなかったようだ。


「ま、まぁ自分がそれでいいならいいけどさ……」


 山下は納得すると、僕の顔を見て一つため息をつく。


「あーあ。こんな奥さんを大事にしてくれる旦那さん、私も欲しいなぁ」

「お前も見つければいいだろ?」

「中々いないよ、こんな人……そうだ! 私に旦那くん頂戴!」

「はぁ?」


 絶対零度の視線。

 事実、リーゼの周りが凍り付いているようであった。

 おい! 魔力かなんか知らないけど、漏れてんじゃないですかぁ!?


「あはは。冗談だってば。人の物を欲しがるような女の子じゃないよ、私は」

「そう。ならいいけど……でも、こいつにちょっかい出すようなことがあれば……分かってるな?」

「わ、分かってるってば。あはは……」


 冗談ではなく、本気で釘を刺すリーゼ。 

 山下は大量の冷や汗をかきながらリーゼに返事をしている。


 僕はリーゼと同じくコーヒーを飲みながら、そんな二人の様子を眺めていた。


「じゃあそろそろ学校行こっか。もう時間あんまりないしね」

「ああ、本当だ。僕も着替えるから、部屋の外で待っててよ」

「え? 別に見せてくれてもよくない?」

「恥ずかしいから外で待ってて下さい」


 ニヤニヤしながらリーゼと山下が部屋から出て行く。

 見られても構わないけど……見せるならリーゼだけがいい!

 なんて考えながら着替えていると、二人は僕の着替えをドアの隙間から覗き込んでいた。


 僕は少し赤面し、呆れながら着替えを済ませるのであった。

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