第36話 指輪が欲しいと思いました

 リーゼと腕を組んで歩く山下。

 僕は二人の背中を見つめながら後ろを歩いていた。

 くそっ……本当ならリーゼの隣は僕が歩いているはずなのに。

 

「ねえねえ旦那くん。後ろ歩いてないで、隣歩いたら?」

「ああ……今はいいよ」


 女の子相手に嫉妬しているのはバレたくない。

 それはちょっとカッコ悪いから。


「嫉妬してるんでしょ?」

「あはは」


 バレてた。

 まぁバレてるのならもういいや。


 僕はリーゼの隣に移動する。

 山下は逆方向。

 二人でリーゼを挟む形で進んで行く。


「こっち側来たらいいのに」

「耕太がそっちを歩くわけないだろ。ここでいいんだよ」

「そうそう。僕はリーゼの隣がいいの」

「そんなこと言って、私のこともまんざらじゃないと思ってんでしょ?」

「思ってないね。一ミリも。思ったこともない」


 山下は真剣に言う僕を見て笑っている。

 僕がどんな反応するのか理解しているようだ。

 こいつ、僕で遊んでるなぁ。


 しかし楓とは違い、とげとげしい物は感じられない。

 ただ純粋に楽しんでいるだけだ。

 そこが厄介ではあるが、ムカついたりはしない。

 まぁ面白い奴だからいいか。


 駅に到着すると、二人は携帯を取り出しゲームを開始する。

 山下のおすすめのゲームをダウンロードして、二人でプレイしているようだ。

 僕も混ぜて! と言いたいところだけど、そんなことより僕はリーゼのためのレベルアップ。

 ゲームをしている暇があったら、料理の研究をする時間の方が大切だ。


「あの二人、メッチャ可愛くない?」

「可愛すぎ! あの緑色の子、芸能人?」

「あれだけ綺麗だったら、皆知ってるだろ? 知らないってことは素人ってことだろ」


 周囲の男や女性がリーゼたちを見て、その可愛らしさに驚いているようだ。

 うんうん。そうでしょうそうでしょう。

 リーゼは可愛いでしょう。


 山下もまぁリーゼと比べれば程度は下がるが……あいや、これは僕の感想ではあるのだけれど。

 まぁしかし、普通に考えれば相当な美少女のはずだ。

 そんな二人が仲慎ましくゲームをプレイしている。

 絵にならないわけがない。

 美少女は何をやっても可愛いのだ。


「ねえねえ、二人とも彼氏とかいないの?」


 突如、二人の男子がリーゼたちに声をかける。

 僕の心臓がドキーンと飛び跳ねた。

 何話しかけてんだよ!


 しかし相手は結構強そうなお方たち。

 僕は正面切って、そんな言葉は吐き出せなかった。


「私は結婚してる。消えろ」

「け、結婚?」


 ゲラゲラ笑う男二人。

 腹を抱えながらリーゼの肩を掴む。


「あんた学生だよね? そんな嘘は流石に――」


 突如、男の身体が宙を舞う。

 空中で一回転し、そして地面で頭を打ち付ける。


「お、おい! どうしたんだよ?」


 気絶してしまう男。 

 仲間は倒れた男の身体を心配そうに揺すっている。


 丁度そのタイミングで電車が来たので、僕はリーゼの腕を掴んでそそくさと乗り込んだ。

 リーゼは平然としている。

 倒れた男のことは気にする素振りも見せない。


「あ、あれ、リーゼがやったの?」

「ああ。私の肩に無断で触れたからな。ちょっとお仕置きしてやったのさ」

「おお……合気道?」

「なんだ? 合気道って?」


 リーゼが僕の方に視線を向ける。

 ついでに山下も僕の方に視線を向けた。


「合気道って……日本の武道の一つでしょ?」

「ふーん」


 だよね?

 曖昧だけど、そういう認識で間違いないよね?


 そんなことを聞いてきたリーゼではあったが、またゲームの方に視線を戻す。

 興味は無かったのか。

 知らないから聞いておこうってぐらいだったんだ。


 僕は嘆息し、ゲームを再開させた二人の横顔を眺める。

 周囲にいる人たちも、チラチラとリーゼたちを見ていた。


 やっぱ目立つんだな、二人は。

 これだけ可愛かったら仕方ないか。


 しかし……リーゼも当然だけど、ナンパなんかされちゃうんだな。

 僕は少し不安な気分となり、暗い表情でリーゼを見る。


 嫉妬だよな……他の男に靡くわけないと思っていても、やはりちょっとばかりは心配になるよ。

 そもそもが、僕たちって基本的には釣り合ってないもの。

 捨てられるとしたら僕の方だ。

 

 だからこそ、少しでもリーゼと肩を並べられるように努力を続けないと。

 主夫としても、リーゼを満足させられるレベルまで到達していない。

 もっと修練を積んでいかないとな。


「…………」


 ゲームを操作するリーゼの細い指を見つめる僕。


 指輪……まだ持ってないよな。

 もしさっきの奴らも指輪を付けていたら、声をかけなかったのだろうか?

 高校生の恰好をしているから旦那がいるとは思わないだろうけど、恋人はいると考えるのだろうか?

 変な虫がつかないためには……指輪があれば役に立つ?


 僕は白いリーゼの指を眺めながらそんなことを考えていた。

 なんか、無性に指輪が欲しくなってきた!


 虫よけというのもあるけど、なんかこう、夫婦の証みたいだもんな。


 僕は妙にソワソワしながら、携帯で指輪の情報を検索し始める。

 もう頭の中では、指輪の購入を開始していたのである。

 気が早すぎるよなぁ。

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