第20話 目玉焼き

 空に浮かぶ太陽が丸かったからか、なぜか卵を食べたくなった僕は、目玉焼きを焼いてリーゼの前に出す。


「これは知ってる。卵料理だな」

「なるほど。異世界にも卵はあるんだね。まぁ当然かな?」


 世界が違うといっても、卵を産む生き物がいても不思議ではないだろう。

 ならばこんな単純な料理、誰もが思いつくのは当然だ。


 リーゼは半熟の卵をつつき、ジュワーと溢れる黄身を見つめていた。


「火、通ってないんじゃないか?」

「ああ……日本じゃそうやって食べることもあるんだよ。完全に火を通した方が良かった?」

「ふーん。これはこれで正解なんだな……ちょっと食べてみるよ」


 リーゼは目玉焼きを口にし、もぐもぐと可愛らしく咀嚼する。

 そして一つ頷き、僕に言う。


「うん。悪くないよ。もっとおかわりをくれ」

「はいはい」


 気に入ってもらえたようで良かった。

 リーゼは目玉焼きの隣にある、こんがり焼けたウインナーも口にする。

 なんとなく頭が揺れているような気が……どうやら美味しいみたいだな。


 僕はホッとため息をつき、追加の目玉焼きを焼いていく。

 結果として一パック、十個の卵を食いつくしてしまったリーゼ。

 よく食べるな……と考えると同時に、自分の分がないことに気が付く。

 目玉焼き食べたかったんだけどな……


 しかしリーゼが喜んでくれるならそれでよし。

 僕の欲望はまたどこかで満たせばいい。

 と言うか、リーゼの可愛いところを拝見したいという欲望は満たせたじゃないか。

 さらに追加でウインナーを焼いてあげると、それを軽く食べてしまうリーゼ。

 コーヒーも牛乳と砂糖入りなら美味しく飲めるらしく、ドンドン口に運んでいく。


「おかわり」

「……もう五杯目」


 どれだけ飲むんだよ。

 と呆れながらも追加のコーヒーを用意する僕。

 ダメだ。リーゼには甘くしてしまう。

 飲みすぎはダメ! なんて口にできない。

 言った方がいいような気もするけど、彼女が喜んでいる顔を見ると、どうしても言えなかった。

 可愛いリーゼが悪い。と、責任転嫁しておく。

 そもそも食べ過ぎのことを注意しない僕が何言ってんだって話だけど。


 僕はコーヒーと食パンを食べ、制服に着替える。

 リーゼは食パンも食べたかったらしく、これも五枚食べてしまった。


 六枚切りの食パンが一食で無くなってしまうとは……

 僕は食費の事を想像し、ブルブル寒気を覚えていた。


 着替えを終えたリーゼと共に、マンションを出る。

 隣を歩く彼女のフローラルな香りを嗅ぎ、僕は朝から大興奮。

 こんな素晴らしい朝、リーゼが来る以前からは考えられないな。

 彼女がいてくれて、本当に嬉しい。

 僕はスキップをしながら、彼女の隣を歩いた。


 リーゼはあくびをしながら歩いている。

 僕は彼女の手を見つめ、そして赤面した。

 昨日……この手と繋いだんだよな……


 僕は悶え、自分の身体を抱きしめる。

 今思い出しても柔らかくて良かった! 

 良かったとしか表現できないぐらい良かった1

 また繋ぎたいな。

 なんて衝動に駆られ、僕はそっと手を伸ばす。


 だがその気配に感づいたリーゼは、さっと手を引く。


「え……」

「…………」


 リーゼは半目で僕の顔を見ると、すぐに前を向いてしまう。

 嫌だったのか……と僕は肩を落として歩いた。

 なんだよ。昨日はまんざらでもない顔してたくせに。


 僕が不貞腐れていると、リーゼはぽつりと呟いた。


「……手を繋いでたら気持ちが落ち着かないんだ。そんな恥ずかしい気分のまま学校に行きたくない」


 リーゼは耳を赤くして僕にそう言った。

 恥ずかしいのか……というか、可愛いな、おい。


 なんでリーゼはこんなに可愛いのだ。

 可愛くない瞬間何てあるの?

 そう聞きたいぐらい四六時中リーゼは可愛い。


「そ、そうなんだ……じゃあさ、休みの日とか帰りは、その、手を繋ごうね」

「……ああ」


 踊り出したい気分だ。

 もう踊って踊って踊り狂って、ダンス大会で優勝できそうな勢い。

 とにかく体がそわそわ落ち着かない。

 素直に答えてくれたリーゼと、そして手を繋げることに僕は喜びに打ち震えていた。


 そんなこんなしている間に学校に到着した。

 リーゼはやはり目立ちに目立つ。


「あ、蓮見だ」

「蓮見リーゼロッテ、だっけ?」

「ああ……んだよ、メチャクチャ可愛いじゃねえか!」

「あの隣にいる男以外は、会話もしてくれないらしいぞ」


 周りからはリーゼの可愛さを褒め称える声と、僕を羨ましがっている声で溢れている。

 僕は少しの寒気と、そして優越感を覚えながら教室へ向かう。


「おはよう、リーゼ!」


 教室に入った瞬間、リーゼが女子たちに囲まれてしまった。

 僕はポツンと一人ぼっち。

 リーゼが女子たちに囲まれている姿を、外から眺めるだけであった。


 まぁ、家に帰れば二人きりなんだし、学校ぐらいでは君たちにリーゼの可愛らしさをおすそ分けしてあげよう。

 とか言いながら、僕は目の端を濡らして自席へ向かった。


「ねえ蓮見」

「ん?」

「屋上であんたのこと待ってる人がいるよ」

「……誰?」


 僕にそう話しかけてきた女子。

 彼女は「秘密」なんて言いながらリーゼの下へと走って行く。

 

 僕を待ってる人って……誰?

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