第15話 転校生の蓮見リーゼロッテさん

「新しい転校生を紹介する。蓮見リーゼロッテさんだ。皆、仲良くしてやってくれ」


 担任が黒板にリーゼの名前を書いて、クラスメイトに彼女のことを紹介する。

 そして彼女の苗字を聞いて、皆驚いていた。

 僕も驚いていた。

 そうだ……もう夫婦だから、リーゼも蓮見なんだ。


「蓮見……珍しい苗字だよな」

「もしかして、蓮見くんの関係者?」

「まさか……そんなことある?」


 クラスメイトがチラチラとこちらに視線を向ける。

 僕は少し鼻が高くなる思いがした。

 そうなんです。

 この子、僕のお嫁さんなんです!


 皆にそう紹介したい衝動に駆られるが、ここは我慢だ。

 いきなり奥さんだなんて紹介したら、リーゼに迷惑がかかる。

 質問攻めにされて、可愛そうだろ。


「あの……リーゼロッテさんは、蓮見くんと関係あるんですか?」


 一人の女子がリーゼにそう訊ねる。

 皆興味深々といった様子だ。

 リーゼが口を開くのを待っている。


 そしてリーゼは面倒くさそうに答えた。


「私と耕太は夫婦だ」

「「「…………」」」


 怖いほどの静けさが訪れる。

 そして――爆発したかのように大騒ぎするクラスメイトたち。


「ふ、夫婦ってどういうこと!?」

「え、ちょ……結婚してるってことかよ!」

「羨ましい……あんな美女と結婚してるなんて、羨ましすぎるぞ!」


 担任が皆を落ち着かせようとするが、誰も止まらない。

 暴走した未成年の勢いは、そう易々と止まるものではないのだ。


 僕は平気で夫婦だと暴露したリーゼに驚いていた。

 そんな簡単に言っちゃっていいの?


 唖然とリーゼを見ていると、彼女はニヤリと僕を見る。

 あ、これは僕を困らせようと楽しんでるな……


 案の定、クラスメイトに囲まれる僕。


「おい! 蓮見! どういうことだ!」

「ど、どういうことって……そういうことです」

「楓のことはどうするつもり!?」

「なんで楓の名前が出てくるんだよ」


 質問攻め。

 質問の弾幕が僕を襲う。


 これは……ちょっとしんどいな。

 心配するのはリーゼじゃなくて、僕の方だった……

 

 走って逃げたい気分になるが、四方八方クラスメイトに囲まれていて身動きができない。

 誰か、助けてください……

 僕が涙目でそう祈っていると、大騒ぎするクラスに気づいた体育教師が、教室へと飛び込んで来た。


「コラァ! なんの騒ぎだ!」


 体育教師の怒声にシーンとするクラスメイトたち。

 しかし、それも一瞬の出来事であった。

 また大騒ぎし、僕は質問の嵐に飲み込まれる。


 このままでは埒があかない。

 そう考えたのか、体育教師がクラスメイトたちの隙間を強引に潜り抜け、騒ぎの中心である僕の腕を掴む。


「蓮見! ちょっと来い!」


 体育教師は少し怒っている様子だったが、僕は嬉しさのあまり、彼に微笑みかける。

 ぐいぐい腕を引っ張られ、職員室まで連れて来られた僕。

 リーゼも一緒に呼び出され、担任が僕たちを前に嘆息している。


「リーゼロッテさん……あれだけ大騒ぎになるんだから、冗談でもあんなこと言っちゃいけないよ」

「冗談なんか言った覚えはないけど」


 リーゼの声は冷たい。

 他人に対しては、氷のような態度を取っている。

 僕は冷や汗をかきながら、二人のやりとりを見ていた。


「じ、冗談じゃないとは……どういう意味?」

「どういうって……夫婦だって話をしたろ? 私達は正真正銘、夫婦なんだけど」

「……蓮見。その話は本当か?」


 呆然とする担任。 

 僕は無言でコクリと首肯する。


「お前……高校生のくせに……俺だってまだ結婚してないってのに!」


 担任の個人的な感情が見え隠れしている!

 僕たちの結婚と先生が結婚できないのは、僕には関係ありませんからね!


「高校生が結婚していいと思っているのか!?」

「してもいいから結婚できたんだろ。こいつはバカなのか」

「ちょとリーゼ! もう少し気を使って差し上げて! これでも教師なんだから! 年上なんだからね!」

「年上? こいつと私だったら、私の方が――」


 僕はリーゼの口を手でふさぐ。

 そして彼女の耳元で小さく囁く。


「エルフだってことがバレたらダメでしょ! 歳の話なんてしたら、絶対怪しまれるから!」

「…………」


 リーゼはほんのり頬を染め、僕を見つめる。

 彼女の甘い髪の香りを嗅ぎ、僕は距離を取った。

 近かったな……って、夫婦なら気にすることないんだろうけど。

 と言うか、リーゼは担任より年上なんだな。

 なんて事実をここで知る。


 リーゼはこほんと咳払いし、僕を見て言う。


「そうだった……18という設定だったな」

「設定なんて言葉使わないで。なんだか夫婦関係も設定のように思えてくるから」


 僕はため息をつき、担任の方に視線を向ける。

 担任はメンタルが弱いのだろうか、リーゼの言葉に傷つき、目の端に涙をため込んでいた。


「あの……バカって言ったの、悪意はないと思うので……」

「……だったらいいんだけど」

「悪意はない。ただ本当のことを言っただけだ」

「リーゼ! やめてあげて!」


 とうとう涙を流し始める担任。

 リーゼはあくびをして、彼には全く興味を示さない。


 僕は一人ため息をつき、担任の涙をハンカチで拭いた。


「悪い子じゃないんで、この子のことこれからよろしくお願いします」


 だが、担任の返事がない。

 ただの屍のようだ。

 あんたどれだけメンタル弱いんだよ!

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