第13話 あーん。そして怒りの楓

 パンケーキの最後の一枚。

 僕はテーブルに着き、それを食べ始める。


 柔らかくふわふわした触感。

 噛む度に甘みが口に広がるこの感じ……

 美味い。

 これは上手にできたと自画自賛。


 隣ではリーゼがジーッと僕の顔を見つめている。

 僕はドキッと胸を高ならせ、彼女の顔を見つめ返した。

 もしかして……僕に見惚れてたとか?


「ちょっと顔色悪いな」

「あ、ああ……徹夜したから」


 全然違った。

 でもリーゼが僕の心配をしてくれている。

 それだけで嬉しくて、少し恥ずかしくなった。

 僕は食べていたパンケーキを半分に切り、リーゼに言う。


「食べてもいいよ。徹夜だからちょっとお腹の調子が良くないんだ」

「そうか? じゃあ遠慮なく」


 やっぱまだ食べれるんだな……

 八枚食べた後なのに、差し出した半分も楽々飲み込むように食べてしまうリーゼ。

 僕はまだ自分の分を食べながら、口をポカンと開けていた。

 するとリーゼはそんな僕の顔を見て、ニヤリと笑う。


「なんだ。私に食べさせてほしかったのか。なら最初からそう言えばいいのに」

「え、違……」


 違う。

 だが別に違ってもいい。

 リーゼがフォークにパンケーキを差し「あーん」と言っているから。

 こんな幸せなことはない!

 好きな相手からあーんをしてもらえるなんて、自分の意図したことではなかったとしても全然かまわない!

 むしろありがとう。

 勘違いしてくれてありがとう!


「あーん」


 僕は赤面したまま、パクッとパンケーキを口にする。

 リーゼはニヤニヤしたまま僕の顔を見ており、満足そうに牛乳を口にした。


「美味しいか?」

「控えめに言って最高です。リーゼに食べさせてもらったパンケーキは、今まで食べたパンケーキの中でも一番美味しかったです。そして幸せでした」

「ふーん……」


 リーゼは少し思案している様子。

 すると突然、僕の方を見て口をあーんと開いた。


「私にも食べさせてくれ」

「……はい」


 あーん返し!

 まさかそんなことまですることになるとは……


 僕は震える手でパンケーキをフォークで刺し、リーゼの口元に運ぶ。 

 彼女はそれを一口で食べ、もぐもぐ咀嚼する。

 口の端に蜂蜜がついたらしく、それを親指でぬぐってペロリと舐めた。

 あ、なんかちょっと色っぽい。


「なるほど……食べさせてもらうのも、悪くないな」


 ちょっと顔を赤くしているリーゼ。

 そんな顔されたらときめきが収まらないのです。

 反則だ……この子の可愛さは。


「…………」

「どうしたの?」

「いや、お前との約束がなければ、さっきの女にお前を奪われてたのかなって、ふと思ったんだよ」

「はぁ? 楓に奪われる? そんなわけないじゃないか。だって僕らはただの幼馴染だよ?」

「……ま、気づいてないならそれでいい」

「?」


 リーゼは嘆息して、牛乳を飲む。

 なんで楓に奪われるなんてリーゼは言うんだろう?

 そんなことありえないというのに……


 ◇◇◇◇◇◇◇


 一方その頃、楓は家まで走って帰り、ベッドに飛び込むように横になる。


 そして枕を涙で濡らす。


「なんで……なんで他の女と結婚してるんだよ……なんで付き合うのを飛ばして結婚してるんだよ!」


 楓は耕太のことが好きだった。

 それは現在進行形で、ずっと子供の頃から好きだったのである。


 耕太に対する暴力は、愛情表現の裏返しのようなものだ。

 ちょっと手を上げたら、耕太は言うことを聞いてくれていた。

 それがいつしか癖になり、当たり前のようになってしまっていた。


 耕太には自分の気持ちは伝わっていなかったが、いつかは分かってくれるとばかり考えていた楓。

 だが、いきなり結婚相手が出現するなんて思ってもみなかった。

 恋人候補だとか、ライバルなら分かるが……いきなり奥さんとはどういうことだ?


 耕太に対してどんどん怒りが込み上げてくる楓。

 しかし悲しみがそれ以上に彼女の心を抉る。


「耕太……耕太……」


 涙は止まらない。

 そしてもう耕太は自分の元に帰ってくることはない。


 なんでこうなってしまったのだろうか。

 もっと早く告白しておけばよかった。

 

 いや、悪いのは耕太だ。

 もっと早く向こうが私に告白するべきだったのだ。

 そうすれば今頃私と付き合って、あんな女が入り込む隙間など無かったはずなのに。


 しかし、あの女は耕太の隣を自分から奪い取った。

 もうどうしようもないのだ……


「…………」


 悲しみに涙を流しながらも、楓は思案する。

 本当にもうどうしようもないのか?


 もしかしたら、まだ耕太が私に振り向いてくれる可能性も……


 ベッドから起き上がる楓。

 そして首を縦に振る。


 そうだ……まだ分からない。

 一度結婚したからって、また別れる可能だってあるのだ。


 まだ諦める必要はない。

 まだ決着はついていない。

 まだ私の恋は終わっていない。


 楓は涙を拭い、リビングに向かう。

 そして朝食を食べて、もう一度ベッドで横になる。


 今日は顔がグチャグチャだから、学校には行かない。

 だけど……必ず耕太を自分の手に取り戻してみせる。


 あの緑色の女……覚えていろよ……


 楓はベッドの中で、ふつふつと怒りを焚ぎされるのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る