第2話 再会

「耕太! 早くしなさいよ!」


 僕は高校三年生になっていた。

 幼馴染である遠藤楓と共に学校からの帰り道を歩く。


 楓は赤髪の短髪で、学校では可愛いと評判の女の子だ。


 夕焼けをバックに、そんな楓が勝気な表情を僕に向ける。

 僕は彼女の荷物を持たされており、トボトボ肩を落として歩いていた。


「なんであんたはそんな遅いのよ!」


 バコッと後頭部を叩かれる僕。

 楓は少しイラついた顔をしていた。

 僕もイラつき、不貞腐れる。


「何その顔? なんか文句でもあんの?」

「別に」

「…………」


 黙って僕の隣を歩く楓。

 幼馴染って良いものなんだと思っていた。

 中学に上がる頃までは。


 だが僕は中学に上がった頃から楓にイジられ始め、そして現在はイジメとしか思えないようなことをされている。され続けている。

 僕がどれだけ嫌な顔をしても楓は止めるつもりはないらしい。


 言い返さない僕も僕かもしれないけど、普通これだけ露骨に嫌な顔をしたら止めるんじゃないの?

 元々はこんなことをするような子じゃなかったはずなのに、僕をイジる姿を友達たちが笑い、味をしめたのかそれ以降ずっとこの調子だ。


 帰り道を歩く途中、クレープ屋が視界に入る。

 いつものパターンなら、ここでクレープを買わされるはずだけど……


「ちょっと耕太。クレープ買ってよね」

「…………」


 僕は楓を睨む。

 すると楓はまた苛立ったのか、僕のお尻を蹴った。

 そこそこの威力。

 と言うか痛い。

 クソッ……なんでこんなことするんだよ。


 まぁクレープを買えってことなんだろうけど……自分で買えよな。

 そう思う自分でもあるが、ハッキリと楓に言い返すことができない。

 言い返すと楓はすぐ暴力を振るう。

 僕は女の子に手を出せないし、やり返すつもりもない。

 だから結果として、奢らざるを得ないのだ。

 奢らなければ、いつまでも暴力を振るう。


 僕は嘆息しながら財布を取り出し、クレープを購入する。


「ふん。もっと早く買いなさいよね」


 感謝の言葉はない。

 それが凄く腹立たしいが、僕は何も言わない。

 言ったらまた暴力を振るうからだ。

 

 ああ……なんとかして縁を切ることができないかな。

 彼女の横顔を睨みながら、僕はそんなことを思案する。


「……一口欲しい?」

「いらないよ」

「何よ。何拗ねてんの?」

「拗ねてないよ。いいからさっさと食いなよ」


 またムカついたのか、楓は僕の腹を殴る。

 僕はケホケホと息を詰まらせた。

 だが楓は笑うだけだ。


「大袈裟! そんな痛くないでしょ」


 他人の痛みが分からないのだろうか。

 僕はジト目で彼女のことを眺めていた。


 本当に楓と縁を切りたい。

 何か奇跡的なことが起きて、付き合いが無くなったりしないかな……

 このままでは、一生彼女にイジメ続けられるような気がする。

 そんな未来のことを想像し、ゾクリと背筋を震わせる僕。

 え、そんなの絶対嫌なんだけど。


 楓はクレープを食べながら急にニヤニヤ笑い出し、僕の肩をバンバン叩く。

 僕は彼女と視線を合わすのが怖くなり、近くに流れている川の方へ視線を移す。


「あのさ。私と耕太が付き合ってるって噂流れてるの知ってる?」

「え、嘘だろ……」


 そんなの最悪だ。

 そんな噂が流れたら、楓は多分怒ると思う。

 なんで僕なんかと付き合ってるんだ! なんて言って。


「なんで耕太と私が付き合ってることになってんのよ! あはははは!」


 バンバン僕の肩を叩き続ける楓。

 僕は顔を青くして、愛想笑いを浮かべる。


 すると楓は急にピタリと笑うのを止めて、真顔になった。


「……最悪だよね」

「本当に、最悪だ」


 僕の返事に腹が立ったのか、楓は僕から自分のカバンを取り、そして僕のカバンも取り上げた。


「ちょ、何するんだ――」


 取り戻そうと考えた瞬間であった。

 楓は僕のカバンを、川に放り投げてしまう。

 ボチャンと川に沈むカバン。


 僕が唖然としている間に、楓は走って行ってしまう。

 そして一度だけ振り向き、僕に言った。


「バカ!」


 僕は楓の背中を見送り、悲しい気持ちで川の方を眺める。


「なんだよ……放り投げることないだろ」


 楓には何回か川にカバンを放り投げられたことがある。

 毎回毎回、なんなんだよ、本当に。


 悲しみと苛立ちを覚えながら、僕は川に入り、濡れたカバンを探し当てる。

 そして川を上がろうとしていたその時、足を滑らせ盛大にこけてしまった。


「……最悪だ」


 本当に最悪だ。

 全部最悪。

 これからも楓にイジメ続けれらるのだろうか。

 もう嫌だ……本当に嫌だ。


 川から上がり、とぼとぼ家へ向かう。

 僕が住んでいるのは5階建てのマンションで、現在一人暮らし。

 両親が海外で働いているからだ。


 僕は絶望したままエレベーターに乗り、自分の部屋がある3階で降りる。


「……え?」


 すると僕の部屋の前に、緑色の髪の美女が立っていた。

 僕は彼女に見惚れ、呆然とする。


「お前はいつもずぶ濡れなんだな」

「……リーゼロッテ」


 その人は間違いなくリーゼロッテだった。

 あの時と何も変わらない姿……

 僕の想い人――エルフの美女だ。

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