幼馴染の女の子にイジメられて不幸な日々を送っていたが、今はクールなエルフと結婚して幸せな毎日を送っています。なのに幼馴染は今更僕のことが好きだと言ってきた。もう可愛い嫁もいるしどうでもいいです。

大田 明

第1話 出逢い

 雪が降り積もる寒い夜。

 僕はずぶ濡れになりガタガタ震えながら住宅街夜道を歩いていた。


 幼馴染の女の子、遠藤楓えんどうかえでに今日もイジメられたのだ。

 彼女に参考書などを全部川に捨てられ、それを拾うために川に入った。

 

 当然寒くて、寒くて、今にも死んでしまいそうなほどだ。

 早く帰らないと本当に死んでしまう。

 帰路を急ぐ僕。

 

 そんな時だった。

 彼女と出逢ったのは。


「…………」

「…………」


 まるで妖精のようだった。

 こんなに美しい人がいるなんて。

 夢のような、幻想的な美しさを誇る女性が、コンクリートブロックに横たわっている。


 彼女は緑色の長い髪に、キラキラと光る碧眼の持ち主。

 胸は大きく、魅惑的な体つきをしている。

 桃色の唇に白い肌。

 失礼だと分かっていても、釘付けになってしまうその容姿。

 そして驚いたことに、その女性の耳は、長く、尖っていた。


 ゲームや物語で登場するエルフ。

 僕は彼女のその耳を見て、ぼんやりとそう判断していた。

 え? なんでこんなところにエルフが?

 というか、エルフって存在するの?


 困惑する。

 しかし、彼女に見惚れすぎて頭は回らない。

 胸がドキドキしており、頭がポワーッとする。


 そのエルフの女性は足に怪我をしているようで、白い手でさすっていた。

 血は出ていないが……踝がとても腫れていて痛そうだ。


 僕はその足を見た瞬間、彼女に駆け寄った。


「あの、大丈夫ですか?」

「ああ。大したことはない」


 澄んだ綺麗な声だが、冷たい印象を受ける。

 表情もどこか冷めていて、僕は話しかけない方がよかったかななんて思案した。

 だけど彼女のことを放っておけない。

 怪我人をこんなところに放っておけるわけがない。


「怪我してますよね。湿布でも買って来ましょうか?」

「シップ? なんだそれは?」

「えーっと……怪我した部分を冷やすやつなんです。怪我に効くんじゃないでしょうか?」


 湿布の説明をさせられるとは思ってもみなかった。

 打撲なんかに効くはずなんだけど、詳しいことはよく知らない。

 漠然とした知識しかないことに、自分自身で驚く。

 そして湿布を知らない彼女にも驚いていた。


「いや、別に――」

「ちょっと待っててください。すぐに買って来ますから!」


 僕は全力で駆け出し、ドラッグストアへと向かった。

 そこで湿布を購入し、すぐさま彼女の下へと戻る。

 中学生である僕にとっては安い買い物ではない。

 だけど怪我をしている人のためだ。

 

 走って元の場所に戻ると、彼女は座ったままその場にいた。

 その場にいたことに、僕は安堵のため息を漏らす。

 いてくれたことが嬉しくて……少しだけでも力になれることが嬉しかった。


「貼りますね」

「ん……」


 自分が水浸しだったことを忘れるほどに、体が熱くなっていた。

 手の周りは乾いていて水気がない。

 その乾いた手で湿布を剥がし、怪我をしている踝あたりに貼る。

 彼女の柔らかい肌に触れ、少し緊張した。


「……気持ちいいものだな」

 

 彼女は別段嬉しそうな顔もしていないし、喜んでいるような声もしていない。

 ただただ感想を口にしただけ。

 相変わらず冷たい印象を受ける。


 すると彼女は起き上がり、足を引きずりながら歩き出す。


「あ」


 倒れそうになる彼女。

 僕は咄嗟に彼女の腕を取り、身体を支える。

 身長は僕よりも高い。

 彼女からはとてもいい匂いがした。

 甘いハーブのような香り。

 彼女が近くにいることで緊張するが、少しだけ落ち着くような気分。


「肩かします」

「ああ……あのさ」

「はい?」

「お前、冷たいな」

「あ……」


 濡れていることを忘れていた。

 僕は彼女から離れるかどうする迷いに迷う。


 すると彼女は珍しく微笑を浮かべ、僕を見下ろす。


「ありがとう」

「い、いえ」


 僕はこの瞬間、恋に落ちた。

 綺麗な人の笑み。

 こんなに破壊力のある笑みは初めてみた。

 芸能人やアイドルを見ていてもこんなことはない。

 その圧倒的な美しさに見惚れて惚れる。


 恋って、こんな簡単に落ちるものなんだ。

 僕がチョロ過ぎるのか……

 いや、この人が美し過ぎるんだ。

 僕はチョロくない。

 チョロくないはず!


「ど、どこまで行くんですか!?」


 上ずった声で僕はそう聞く。

 恥ずかしい。

 ドキドキしているのがバレているんじゃないだろうか。

 彼女は依然として、冷たい表情を崩さない。

 気ダルそうで、全てに興味がなさそうな顔。


「あっちの方に自然の空気を感じる。そこまで行きたい」

「ああ……大きな公園がありますね」


 自然の空気?

 何を言っているんだ、この人は。

 服装は緑色の布一枚で、太腿が露わになっており、胸元も大袈裟に出ている。

 どこかの部族なんかが着ていそうな服装だ。

 自然の空気を掻き分ける能力に長けているのかもしれない。


 僕は一人でそう納得し、彼女と共に公園へと向かう。


 公園に到着すると、木が何本も植えられている方向を指差す彼女。

 僕は柔らかい彼女の身体を支えながら、そちらに歩いて行く。


 そろそろお別れの時間。

 何故かそれが分かっていた。

 

「あの……名前を教えてもらってもいいですか?」

「……リーゼロッテ」

「リーゼロッテ……僕は、耕太……蓮見耕太はすみこうたです」

「耕太……そう。出来る限り忘れないでいるよ」

「はい」


 木が密集している場所に到着すると、彼女は大きく息を吸い込み出した。

 そして気だるい表情を僕に向ける。


「何か、してほしいことはあるか?」

「してほしいこと?」

「ああ。いつかお前にこの恩を返してやるよ。借りを借りたままにするのが嫌いなんだ」

「べ、別にいいですよ。僕はそんなの気にしてませんから」


 リーゼロッテの柔らかい身体と匂いを堪能できたし。

 あ、なんか変態っぽいかな。


「だから、私は借りを作ったままというのが嫌いんなんだよ。良いから、何か言え」

「はぁ……」


 本当に恩を返してもらわなくてもいいんだけどな……

 僕はリーゼロッテの綺麗な顔を見つめる。


「…………」 


 僕はこの人に恋をした。

 だけどこの恋が実を結ぶことはない。

 彼女は僕が住んでいるこの場所では異質な存在なのだ。

 一緒にいることは不可能だと、そう感じる。

 

 しかしリーゼロッテは、借りを返すと言った。

 それはまた会えるということだろう。

 僕たちはここで別れて、そして再会するのだ。


「なら――」


 恩返しなんて必要ない。

 次にまた会えるだけでいいんだ。

 それが恩返しになっているような気もするけど……

 とにかく、それだけで嬉しい。


 恩返しを必要としない僕は、無茶苦茶なことを頼むことにした。

 絶対に叶えられないこと。

 返しがいらないから、返せないであろうことを彼女に言う。


「僕と結婚してください」

「……は?」


 ポカンとするリーゼロッテ。

 その表情も可愛い!

 写真に収めておきたいぐらいだよ。


 あ、写真を取らせてもらうというのを恩返しにしてもよかったかな。

 だけどそれじゃ、また会うことはできない。

 ここで別れてそれでおしまいだ。


 結婚してほしいと言った僕。

 ようやくそのことを飲み込めたのか、リーゼロッテは気だるい表情に戻り、顎に手を当て思案する。


「……長い人生の中で、一度ぐらい結婚してもいいか」

「……え?」

「分かったよ。お前がもう少し大きくなったら、結婚してやる」

「……え?」


 僕は呆然とする。

 そんなこと、ある?

 冗談ぐらいのつもりで言ったのに、本当にお嫁さんにきてくれるなんて……

 本気?


 リーゼロッテはニヤリと笑い、僕を見つめる。 

 冗談? 本気?

 僕はドキドキしながら、彼女の瞳を見つめ返していた。


「じゃ、またな」

「あ……」


 リーゼロッテの足元に、巨大な魔法陣のようなものが展開される。

 そして眩い光を放ち――彼女は姿を消してしまった。


「…………」


 夢だったのだろうか。

 だけど、彼女の温もりと香りを身体が記憶している。


 僕はクシャミをし、帰路につく。

 彼女に熱を上げていたのか、はたまた単純に風邪を引いて熱が出たのか。

 帰り道はフラフラしてとても辛かった。

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