第25話

 なるほど。

 はりきってる三上とありすを前に先生は冷静だ。それなら僕達も心配なく食べられるし、三上が家族に大目玉を食らうこともない。『先生に相談して決めようよ』日向が昨日言ったことはいい流れに繋がった。ありすは反発したが、まなかの説得と三上が日向に賛同したことには逆らえず今にいたる。

 それにしても、ありすにとって日向はいつまで怒りの対象なのか。


「味はわかってもらえるけど」


 三上がぽつり。


「食べてくれるのかな、崩れてるのとか割れてるのとか。みんな形がよくないと……そうだろ?」


 女子達のざわめきと『静かに』と声をあげた先生。


「三上、味をわかってもらえるのがスタート地点じゃないか。そこから少しずつがんばればいい」

「先生、僕はどんなものが売ってるかを知ってほしいんだ。形がよくなきゃ」




「僕……食べてみたいな」


 沈黙を破り声をあげたのは日向だ。驚いたように日向を見る三上と『もうっ‼︎ よけいなことしないでくれる?』とでも言いたげなありす。


「仲良くなったちっちゃい子と、一緒にチョコレートを食べるようになったんだ。その子には美味しいお菓子をいっぱい知ってほしいし……その、和菓子もいいかなって」

「日向君、食べてくれるのか? 本当に?」

「うん。もとがどんなお菓子かわからなくても、想像しながら食べるの楽しいと思うし。商品にも興味が出るんじゃないかな。……ごめん、こんなことしか言えなくて」


 気のせいか?

 日向を見る三上の顔が明るくなったのは。頭脳明晰でスポーツ万能……三上って、もっとクールな奴だと思ってたけど、他の男子と変わらないんだな。


「そうか、そう考えればいいんだな。それならみんなも」


 嬉しそうな三上とざわめく女子達。ありすは面白くなさそうに日向を見てる。


「三上のことは解決だな。いつ食べるかを決めるだけだが、私を抜きにしてみんなで楽しめばいい」

「先生、来ないんですか?」


 まなかが驚いたように声をあげた。


「みんなで作る特別な昼休み。私がいたらやりにくいこともあるだろう。学級委員長を中心に盛り上げていけばいいと思うが?」

「私が中心?」


  席を立って教室内を見回したありす。

 晴れ晴れした笑みは、やりがいを見つけたことへの喜び


「よろしく学級委員長。僕と一緒に三上屋を盛り上げてほしい」

「ひゃあっ!!」


 ……違うな。

 三上に近付ける大チャンスへの喜びだ。顔を真っ赤にして、もう隠す気はなさそうだ。

 まいったな、このままじゃおにぎりが恋のキューピッドになりかねない。どこからか聞こえるヒソヒソ声は、ありすへのひがみだろうか。


「佐倉、随分はりきってるな」

「もちろんです先生。三上君と和菓子屋さんのために‼︎ なんと言ってもこれで、日向君よりも活躍出来るんだし」


 なるほど、ありすを怒らせた僕のサポートの件。

 これで日向への怒りはリセットされるってことか。僕は許さないけどな、チビ呼ばわりしたことを。今はもうサポートの必要はなくなったけど。


「佐倉の理由はともかく、いつ食べるかを決めよう。いつがいいか希望はあるか?」


 何人かの手が上がりいくつかの声が響く。

 僕のおにぎりがきっかけの佐野の提案。悠太さんが教えてくれた美味しいもの。

 ひとつくらい、僕も声を上げていいのかな。


「先生、月の始めはどうですか?」


 手を上げず出せるだけの大声を出した。


「1日めがいいと思う。新しい気持ちで迎える1ヶ月。それに、何があっても乗り越えていけることを……みんなで確認する日」


 みんなだなんて、思ってもないことを言った。


 もうすぐ父さんが帰って来る。

 怖いんだ、父さんは僕を見てなんて言うだろう。転校を許してくれたけど、それは僕のわがままが通る世界だからで父さんの意志じゃない。僕が選んだこの世界は……父さんにとってはゴミと同じだ。怖いんだ、父さんの口からさげすみの言葉が出ることが。


「なるほど、みんなはどう思う? 私はいいと思うが」


 先生が笑い、大きくなっていくざわめき。

 転校先を間違ったと思ってた。


 だけど僕を包むくだらない世界。

 くだらないけど……温かい世界。


 壊されたくないんだ。

 父さんにも……誰にも。


「賛成‼︎ 僕もそれがいいと思うな」


 手を上げた佐野の弾む声とうなずいた日向。三上のグーのリアクションは賛成ってことか。まったく、馴れ馴れしいのもほどがある。


「決まりだな。みんながどんなおにぎりを持ってきたかは、私も聞かせてもらおうか」


 先生が教材を広げ、教室のあちこちから響きだした教科書とノートをめくる音。


「先生、三上屋への地図掲示板に貼っていいかな。休み時間に僕が描くもの」

「三上君、地図は私とまなかが準備する。あとで色々教えてくれる?」


 出たな、好きな人の情報集めが。

 佐野は笑ってるけどこのままでいいと思ってるのか?


「心強いな学級委員長は。じゃあ、地図は学級委員長に任せるとして先に店の場所言っておく。聞いてくれるかな? みんな」


 三上の声に続く女子達のざわめき。

 授業中ってことを忘れてないだろうな。先生の険しい顔つき、下手をすると雷が落ちてくるぞ。


「三上屋は桜宮商店街にあるんだ。目印はそうだな……洋菓子を売ってる来夢ってお店」


 日向が肩を揺らし三上を見た。三上も日向を見て……笑ってる?

 今確かに……来夢って言った。


「来夢の隣にある店なんだ。狭くて地味なんだけど」


 そんな店あったかな。

 桜宮商店街。

 僕は1度行っただけだし、他の店は見てなかったけど。


 来夢の……隣?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る