第14話 便利屋ユクリア ②
「それで、引っ越しって何なんですか?お城にでもすむんですか?」
ユクリアがうちへの道中で聞いてくる。
「なんだお城って」
「アレスさまのおうちって《勇者》にしては小さいから」
「家が大きくても片づけるのが面倒なだけだしな」
数名しかいない選ばれし《勇者》の家は、どれも豪華なものだった。ユクリアが「お城」というワードを出したのも自然なことだ。文字通りそこに城郭があるというわけではないが、例えばギルドマスターとサブマスターは門や庭園のあるきらびやかな家に、一族そろって住んでいた。つまり数世帯が満足して暮らせる規模の豪邸だった。
それに比べて俺の家は、城下町に並ぶ小さな家の一つに住んでいた。通りに面している上、横に商店がいくつも並んでいたのでとてつもなく便利だった。
しかし、王国の貴族やギルドである程度の地位があるメンバーなど、金や権力のある人物はそういったメインストリートでなく、土地の余裕がある郊外に大きな邸宅を構えるのが常だった。例えばユクリアの住む長屋や、部屋が一つしかない小さな家しか城下にはなかったからだ。
「モブっぽい発言をしますね、アレスさま」
「どういう意味だ?」
「だって《勇者》の皆さんはハウスメイドを雇って、超絶便利生活でしょ。なんでアレスさまはあんな小さな家で一人暮らしなんですか」
俺の給金は確かに、ほかの《勇者》たちと同じように豪邸を構え、メイドを数人侍らせることは簡単にできるくらいだった。ただ、ライフスタイルを変えるのは金ではない。
「なんなら、汚い部屋の方が落ち着くしな」
「わかります!」
急に理解を見せるユクリア。補足すると、彼女の部屋は「便利屋」という名に恥じぬ工具やバッグが散乱している。簡潔に言えば「汚部屋」だった。
汚部屋トークでひと通り盛り上がった後、俺の家に到着した。中に入る前、ユクリアが「なんで扉が地面にあるんですか」と言いたげな顔をしていたが、それは無視。
そして入室するなり、物の多い俺の部屋を眺めて彼女は言う。
「私の部屋よりは綺麗ですが、これは引っ越しのし甲斐がありそうですね」
「そうだな、あの槍立てを見てくれよ。逸品だらけだ」
一部屋しかない俺の部屋の半分は、武具で埋まっていた。槍立て、鎧や短剣、盾などが所狭しと配置(放置)されている。
「どれも格好いいだろ。この槍なんかな、イストスが木から栽培して作ったんだ。盾の飾り絵も彼が季節の一つを通して考え抜いた傑作だ。鎧はあえて旧式のもの……もちろん最新のものもこっちに」
「へ、へー……」
人に武具のコレクションを披露するのは久しぶりで、つい興奮して説明をしてしまう。しかし反応は微妙だ。
「じゃあまずこちらから片付けちゃいますね!」
元気は良いが、コレクションには興味が全くなかったようで、真っ先に片付けの対象になってしまった。てててっ、と槍に近付き、一本手に取って、彼女は手提げにそれを放り込んだ。
「【カタリセ】~」
彼女が呟くと、その背丈の2倍はある俺の1番お気に入りの槍が、何の変哲もない手提げかばんへと吸い込まれていった。
彼女の《加護》は「片付けられる」というスキルだった。
「よいしょ、えいしょ」
ぽいぽい、とユクリアが槍を次々にかばんに「片付け」ていくのは、見ているこちらも小気味よい。数分もしないうちに武具たちは彼女の鞄に収納されてしまった。
「あいかわらず凄いな」
「そうですよ、すごいんです」
槍立てなどの小物を片付けながら、ユクリアはこちらへドヤ顔を向けた。
「全然お仕事貰えないんですけどね」
「気にすんな」
しかしこのスキル、雑用にしか使えないということで《勇者ギルド》の中での評価は高くなかった。評価が高くないギルドメンバーは、その分、給金も低かった。
そういうギルドメンバーは、スキルを超えた評価を得るために兵士としての能力を磨くのが一般的で、そういった目立たないやつらは〈モブ〉と呼ばれた。
「このベッドも食器も片付けますよ~」
武具の次は俺の生活用品が片付けられてゆく。あっという間に俺の部屋はからっぽになってしまった。
ユクリアが背負ったり担いだりしているバッグそれぞれに俺の家具たちがおさめられた結果、どういう理屈かは全くわからないが、バッグはパンパンに膨らんでいた。
それらを一回地面に置いたユクリアはこちらを向き直して言った。
「さあ、全部片付けましたよ。引っ越し先はどこですか」
ああ、すっかり忘れていたな。俺はただ追放されただけで、引っ越し先なんて無い。
ただ、セフィナにビビッて、急いで立ち退きの準備をしたんだった。
さっきからユクリアも張り切って喋っていたし、俺も張りきったほうが良いな。
―――では、力を込めて言おう。
「引っ越し先なんて、無い!」
「え、えぇ~~~~~~~~~」
ユクリアの声は、カラになった俺の元自室に哀しく響いた。
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