試練
リリーは諦めの境地でがなり立てる父親、ジェフリーの怒声を聞き流していた。
そんな中で思い出されるのは『凡骨の意地』の構成員達の間で過ごしたこの一ヶ月間だった。
覚えている中で感じたことの無かった『楽しい』や『興味深い』と言った感情の赴くままに行動し、怒られるにしてもリリーを心配しての事だとすぐに説明してくれた。
『火傷しないように』と叱ってくれたときは怒られた後実際にゆっくりと赤熱する鉄棒に爪先で触れるような体験や魔物の革の切れ端に押し付けてどうなるかを見せてくれたりした。
そんな事を考えていると、アステヤック邸に到着していて、ジェフリーは何も告げずに先に下り、自分で雇った男爵令嬢のメイドに指示を出しているところだった。
「ミリーに騒動を起こした責任として飯抜きと鞭打ちを命じておいた。
本人も納得している。
「畏まりました」
彼女はアデリー・カウスマン。
カウスマン男爵の次女で、確か去年、ジェフリーに雇われたメイドだったか。
彼女はリリーの罰を執行するメイドで、アステムの制止も聞かない。
隣でアステムは俯いて肩を振るわせるばかりだが、しれっとその隣でサリーが佇んでいるのが見えた。
『リリーはそんな話聞いていない!納得もしてない!』
慌てて馬車から降り、抗議するように言葉を記すが、ジェフリーとアデリーはそんなリリーの存在を無視して館に入っていった。
いつもそうだった。
何を言ってもジェフリーやその周りはリリーの事を無視して話を進める。
そして、不合理にもリリーがそれを望んだとか、納得していると言った言葉でリリーに罰を与える。
先月の最期の罰など、執事長やメイド長がジェフリーに従わないのは碌な教育を行えないミリーに責が有るとして飯抜き、鞭打ち、結界魔法を用いてではあるがジェフリーの攻撃魔法の的と端から見れば虐待を越えた何かをリリーに課していた。
「リリー様、もう少しの辛抱ですよ」
絶望に打ちひしがれるリリーの姿に、サリーは居てもたっても居られずに声をかける。
「痛くならない魔法をかけます。
ですが、あの調子では痛くないとわかると何をしでかすか分かりませんので苦痛を受けている様な演技をしてください」
言葉を重ねるサリーに、リリーはぽかぽかとした温もりを全身に感じる。
「リーダーにこの屋敷をアステム殿と一緒に暴くよう言付かっているので先に参りますね。
アステム殿からは調理場に話しを通していると伺っておりますので、部屋へは向かわず、調理場へ向かってください」
サリーの言いつけ通り、リリーは調理場へ赴くと、料理人達が笑顔で
「姫様!お待ちしておりました。どうぞ此方へ」
とリリーに頭を下げ先導して料理人達の休憩室へ案内した。
『こんな事して大丈夫?あなた達、解雇されない?』
促されるまま着席したリリーは、すかさず出されたお菓子に目を輝かせるが、手を付ける前にリリーは料理人達にそう聞いた。
「我々はアステヤック侯爵家に雇われた料理人です。
雇用主は当主である姫様で、アステヤック侯爵家を乗っ取ろうとするジェフリーではございません。
と言う事は姫様が望まなければ解雇されないと言う事です。
これを忠誠心ではなく打算だと申されるようでしたら姫様が解雇なされば良いのです」
『今まで良くしてくれたあなた達を解雇するはずがないわ。
あなた達の気が変わるまでここにいて欲しい』
以前まで怖々とした態度で秘密裏にリリーへ提供していた料理人達は、一ヶ月の空白の内に何があったのか、毅然とした面持ちでリリーの質問に答える。
その様子に驚いたリリーは慌てたように言葉を重ね、それを見た料理人達は雰囲気を和らげた。
「ミリーがいないぞ!ここには居ないのか!?」
そんな折り、隣の部屋へ怒鳴り声と共にジェフリーがやってきた。
「姫様?お帰りになられたので?
食事の追加などは聞いておりませんが」
とぼける料理人だったが、そんな態度を見たジェフリーはさらに怒り出し、受け答えしていた料理人に解雇を言い渡す。
「それは聞き捨てなりませんな。
先日アステム殿から聞いたところによると、レイリー様の遺言では、遺言が無くともアステヤック侯爵家のしきたりによりその全権は人事権を含め子女であられる姫様に移譲なされたとか。
これは越権行為ですぞ」
「そんな事実はない!
私はアステヤック侯爵だ!
貴様は今この時を持って解雇だ!
解ったらさっさと出ていけ!」
忠告する料理人に、唾を吐きかけるように怒鳴り散らすジェフリー。
その言葉に処置なしと納得した料理人はため息一つ吐くと無言で休憩室、リリーの居る部屋へ下がった。
『待ってて。嫌かも知れないけれど、すぐにあの男を追い出してあなたを迎えに行くわ』
無言で支度をする彼には声をかけられなかったが、併設された勝手口から出て行こうとする彼の服の裾をつかんで止め、リリーはそんな事を伝える。
それを読んだ料理人は、無表情だった顔を綻ばせてリリーの頭を一撫でしてから去っていった。
その日の夜、執念深いジェフリーに見つかってしまった。
叩き起こされたリリーは混乱の最中に秘密部屋へ引きずり込まれ、ジェフリーとその妻のアージェンリー、異母姉妹のファスリーを始めとしたジェフリー一派に囲まれた。
各々鞭を持ち、酷薄な笑みを浮かべている。
その雰囲気で竦み上がったリリーだったが、追い打ちのように、
「お前は私の言いつけた罰から逃げ出した。
よって罰を倍にする。
鞭打ち二百回だ!
更に今までの罰の中で飯抜きをほぼ全てで無視した事により飯抜きを3ヶ月課すことにする。
そして、貴様は平民の下へ赴き不義を働いたな!
不義の子はやはり淫売である!
よって結界魔法なしで魔法の的にしてくれよう!
貴様のお陰で今までにあった縁談が全てパァだ!
私は後見人としてミリーに責を取って妹であったファリーに全ての権利を移譲する事を命じ、アステヤック侯爵家から追放することを命じる!」
言い終わるや否やジェフリーは鞭を振るってリリーを殴打し、リリーは地面に顔を擦り付ける。
「最初から!分かっていたのだ!レイリーは!俺ではなく!あやつに!懸想していた事など!!」
何事かをわめきつつジェフリーは鞭を振るい、それに続いてジェフリー一派がニヤニヤしながら鞭を振るう。
「だから!幻惑魔法を使い!私に振り向かせた!あやつの!絶望に!染まった表情は!中々に!見物であった!
ふぅ……ふぅ……ふぅ……。
お前の父親は絶望の最中に死んで貰った。この私が侯爵家に名を連ねる為にな!
レイリーには同じ毒を使って手向けにしてやったよ。
愛したあやつと同じ死に方をして本望だったろう」
リリーの纏う寝具が赤く染まる様を見て喜色に顔をゆがませたジェフリーは、うずくまるリリーを足蹴にして後ろに備えられたソファに体を沈めた。
ジェフリーが見守る中、鞭打ちが再開され、それは朝方まで続くのであった。
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