ニュー・ワールド・オーダー
アサノ ヒカリ
プロローグ
――この世界は、私が産まれるずっと前に様変わりしたそうだ。
私はこの世界の事を良く知らない。あくまで、私の知識は、教育係が教えてくれたものばかりだ。
腰ほどまでの長さの黒髪の少女は、コンクリートの階段を上り続ける。
――この世界から【戦争】という争いは消えたらしい。
土地を奪われ、奪い、また奪い返されて、また奪う、国土復活を目指す独立戦争。
目に見えない超常的なモノに対して神と呼び、他国を悪と決め打つ宗教戦争。
話によると、神とやらはたくさんいたらしい。今のヒーロー達みたいだね。
――逆襲、内乱、略奪。人間は武器を持ち互いに殺しあった。
全部、私は知らない。
へぇ、そんなことがあったのか。と、どこか他人事。
遥か昔、この世界には、ヒーローもヴィランもいなかった。
人間だけの世界で、人間が、人間の為に、人間を殺していた。
その世界はある日、すべて変わった。まるで神の裁きのようだった。――らしい。
ヒーローという超常的な力を持った存在が誕生し、互いに殺しあう愚かな人間達を、世界中から粛正した。
人間同士の争いは消え、今後、人間たちが争いあわぬように、ヒーローたちが人間を統治するようになった。そして、世界は平和になった。めでたし、めでたし。
黒髪の少女は、息ひとつ乱さず、階段を上り続ける。
「――ふっ」
皮肉を込めて、鼻で笑う。
「平和になった。―――ねぇ」
そんな訳がない。この世界は未だに歪んでいる。
戦争が無くなった世界では、生きていけない人間どもがいた。
戦争によって利益を得ていた国は、経済が滞り、兵器を販売することで経済を回していた連中は死に目を見る。人の不幸と、人の涙で富を得ていた層の人間たちが失脚した。
その人間たちにとっての【悪】はだれだ?【敵】はだれだ?
そんなものは決まっている。ヒーローさえいなければ、この世界はいまだ、人間たちのものだった。
人間どもの願いは、ヒーローが消える事。
ヒーローの誕生から、遅れて5年。
ヒーローの対となる存在――ヴィランが産まれた。
黒髪の少女は、頂上にたどり着く。
風が強い。バサバサと風に揺れる黒髪を抑える。
――綺麗だ。青い空に流れる白い雲。遥か向こうに見える海岸線は、空と海が混じり、境界線がわからなくなりそうだった。
ヴィランは人間の味方になんて、ならなかった。
ヒーローと戦い、人間を殺し、自分の欲望を果たす為、悪逆の限りを尽くした。その世界は、ヒーローとヴィラン。そして蚊帳の外の人間の三つに分けられる形になった。
人間たちは、無力を知る。――人間同士の争いが消えた。
平和な世界。――か。本当にそうかな?
「――なんだろう。私はどうしたらいいんだろう」
こぶしを強く握る。そこから紅い光が蛍が飛ぶように舞う。
ヒーローの力。人ならざる力。
風が吹き、髪が吹き荒れる。その瞳は海の向こうを睨みつける。
「私は、ヒーローもヴィランも、人間も嫌いだ」
――どうしたら、いい?
少女の名前は、マオ。
彼女もまた、世界を救うべく産まれた、ヒーローだった。
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