未来都市2222

高黄森哉

第1話 始まりと終わり

 ノイズ。ノイズ、ノイズ。


 まず雨の音が接触不良のスピーカーみたいに激しく雑音。その滝の中、俺たちはうずくまっている。スポットライトに照らされて、その部分だけ浮かび上がる銀色の雨。髪の毛から滴った雨粒が口に入ると、硫黄と鉄を含んだ大気の味がする。


 ノイズ、ノイズ、もう一つ。


 俺たちを囲む警察車両と回る赤灯。赤の脈動と共に迫る、緊急サイレン。思い思いにそれぞれ唸る。雨の勢いはさらに増し、水分のカーテンに閉じ込められた。温暖化、ゲリラ豪雨。


「銃を下ろして両手を上げろ」


 腕の中から人形のような、いや、人形そのものだろうが、人のような機械が零れ落ちた。黒いオイルのような髪の毛が、するすると両腕を黒く染める。その黒い両腕を見つめながら俺はジョウントの使用を考えていた。目を瞑り準備を始める。


 その前にジョウントとは何か、説明しよう。簡単に言うとテレポートのことである。その素質の有るものは強く念じるだけで脳の四次元領域を使い空間を飛べるのだ。簡単そうに言っているが、強く念じるとは走馬灯レベルのストレスを感じると同義である。しかし、なぜ、目的地までスキップできるか。それは四次元以下の空間が折りたたまれているからだ。その次元の皺、波とも表現される、を貫通するわけである。それは隠された、人間の本能的回避運動により、達成される。


 テレポート。なら今からするのは空間移動か、と言われるとそうでもない。俺がするのは時空移動だ。


 そもそも時間と空間は、同じでないが、似たようなものである。実体のない点を無限に集め、一次元の線を作り、その幅の無い紐を無限に連ね二次元の面を作る。そして、高さの無い例の面を重ね、三次元の立体を作り出すと。


 では四次元とは何ぞや。


 この立体の箱を時間の方向へ無限に重ねたものである。しかしながら三次元人の我々には方向とは認知できない。移動も一方向的にしか出来ないと。


 ジョウント、瞬間移動ではこの制約を解除できる。時間の揺らぎをショートかっと、どころか逆行できる。誰も知らない、というかできない、ジョウントの使い道。


 しかし、時間遡行には多大なるリスクがあった。一つに物にめり込む可能性だ。とんだ場所と物体が被るとその部分は消える。これに関しては安全を確保できる空間の座標と時間を記憶しているから無問題。二つ目に見捨てた時間軸、つまり遡行前の世界線が消滅する可能性がある。がしかし、無視いていい。彼女のいない時間軸など消えてしまえ。


「……………… ないぞ、………………分かってるのか」


 後から到着した機動隊が何かを言った後、弾丸の音がした。次の瞬間、目の前にオカシナ図形が泡立ち、重力から解放され、後方へ身体が弾き出されたかとおもうと、俺はおなじみの部屋の椅子に座っていた。シックな部屋は綺麗に整えられている。とある高層ビルの一室。腕時計を確認、五時三十分。時間遡行が無事成功したのだ。


 急に喧騒が消えたからか耳がキーンとする。変化に何とか対応しようとしてるのだろう。いや、最後に聞いた銃声のせいかもな。目の前の木製のデスクの上を見た後、声帯を他人に調節し、座ったまま半回転して、椅子から立ち上がる。


 高層ビルから見る街並みに俺は秩序を見出せなかった。四角さで統一されてるように見えて曲線が張り出すデザインが散在するし、無機質さと清潔さが意識されてる形の前の道路はゴミであふれている。そんなカオスだが嫌いじゃない。例えばあそこに輝くビルディング全体を使った巨大な広告版の入れ替わり、例えばあの三角のカジノ。町は色であふれる。道から漏れ出す青い発光、ビルの壁面はオレンジだ。


 いつ見ても発見があるいい街ではあるが、ドラッグと暴力、公害やカルト宗教が蔓延している。


「どうもデイビットさん、次は何をなされますか?」


 雑用ロボットがクレーンの先っちょに付いた小さなスクリーンに顔のイメージを移し俺に問う。T1998型の最新モデル。ちなみにT1998のTは最高級グレードを示すのだ。


「武器を出してくれ。机に収納されてる奴だ」

「承知いたしました」


 すると机の真ん中がぱっくりと割れ、その割れ目から十分な厚さをもった長方形の武器ラックが出てくる。


 じゃあ、まずショットガンから。


 肩に掛けられるよう紐が付いている。照準は付いていないが、代わりに残段数を示す電子機器が背の部分に埋め込まれていた。銃弾を撃つとガスの余剰が管を伝い、複雑怪奇な機構を経由したのち、点数板を回すこととなる。直接シュルを籠め、腹の部分からコッキングする。三発+一発の表示。つまり四発。リボルバーの解説は割愛する。時間がない。


「ジャンパーを持ってこい。防弾の奴だ」

「承知しました、デイビット様」


 しかしながら、デイビット様とは誰なのか、説明しよう。

 それは向こうのパソコンの前で頭を撃ち抜かれて死んでいる男のことだ。彼の血が付いた画面に近づく。するとセンサーが反応しパソコンが起動した。デスクトップの真ん中に、中心が欠けた八輪がある。この街を仕切る仏教派生のカルト宗教、八聖道のシンボルである。教義は、おおよそ緩やかな自殺としか思えないものばかりで、俺は嫌いだ。彼等への反抗心から腕に、鶏、蛇、豚のシンボルを彫っている。子供の時から迷惑してきた。反抗心は当然だ。


 電子情報を手に埋め込まれたチップで掠め取り、ロボットの電源を切って、高層ビルを後にした。予定ではもう来ることはないだろう。イレギュラー要素が無ければだが。

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