25.意図


「あのさ、今日のブルペンって何を意識してたの?」

「え? えっと……」


 内山の問いに、背番号17を背負った右腕・小松航こまつわたるが答えに窮する。


「普段は振りかぶって投げんのに、ずっとセットポジションで投げてたじゃん。あれ、何の為にやってたの?」

「あ、それは寺田さんにセットポジションから投げる練習しろって言われたからッス。俺、ランナー出した時に球が浮きやすくなるからって」


 一般に、振りかぶって投げる方が球威やスピードが出やすいが、コントロールは悪化しやすいと言われる。逆に振りかぶらないノーワインドアップやセットポジションから投げると球威やスピードは出にくくなるがコントロールはしやすくなる。が、まあそれは人それぞれの得意不得意によっても大きく変わるところで、中には小松の様にセットポジションから投げることが苦手な選手も当然居る。


「ってことは、小松はランナーを出してもクイックでは投げないの?」


 クイック、正しくはクイックモーションと言うが、これはその字面通りいつもより素早い動きで投げるための投球モーションである。基本的にランナーが居る場面で盗塁されにくいようにするための技術なのだが、中には苦手だからほとんどクイックで投げない選手も居ないことは無い。が、ずっとそれが許されるのはそれでも失点しないほどの力を持つほんの一握りのピッチャーだけで、24にもなってプロ入り出来ていない様な選手がするようなことではない。


「いや、そりゃーランナー背負ってるんだったらクイックで投げますよ? そんな簡単にホイホイ走られてたんじゃ堪らないッスから」


 小松はさも当然、という様子で、内山の問いに軽く返す。


「もう一回聞くぞ? 今日は何でセットポジションで投げてたんだ?」

「え? だからそれは寺田さんに言われたから……」


 ——コイツ……


「コーチに言われたから」。そんな練習に、一体何の意味があるというのだろう。何を意図して寺田が指示を出したのか、考えていないのだろうか。


「あのさ、セットポジションからクイックで投げないことなんて、試合の中ですることあるの?」

「いや、無いッスけど……」

「じゃあ、今日のは何の為の練習だったのさ?」

「それは、その……」


 内山の口調が、段々とヒートアップしてくる。それに気圧されたらしい小松は、段々と答える声が小さくなっていく。


「寺田さんが、何でセットポジションからの投げろって言ったか、考えてないのか?」

「……」


 こういう反応をしてくるということは、きっと寺田の意図を考えずに淡々とやっていたのだろう。


「せっかく良いボール持ってるのに、プロになれてないのはそういうところなんじゃないのか? 意識から変えないと、お前このまま終わっちまうぞ」


 強い口調で内山が小松に迫ると、小松は明らかに嫌そうな顔をした後、くるっと背中を向ける。


 ——ちょ、コイツ……


 コイツに言われる筋合いなんか無ぇんだよ、と聞こえたのは、気のせいだろうか。

 内山はそれに目くじらを立てることはせず、それ以上は何も言葉を交わすこと無くブルペンを出て行った。


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