第24話 たわわな嘘

 トラビスの一言に、鞘師は喋っている途中、口をポカンと開けたままフリーズしてしまった。

「……え、何、マジ。急に? え、なんだ、マジで?」

 鞘師は「なに」と「マジ」をひたすら交互に繰り返した。

「でもさ、トラビス。だって、パイ拓があるだろ」

 なんだかいけないロマンスが始まる前に、僕は思わず助け船を出す。

「パイ拓だと? そんなもの……」

 突如、トラビスが鞘師の上着に手をかける。鞘師が抵抗するも及ばず、上着をめくり上げる。毛玉だらけのジャージ。

 僕は何が行われているのかわからず、ただただ、半裸の鞘師を見下ろすだけだった。

 トラビスは暴れる鞘師のしまりのない体に後ろから手を回す。前かがみになった鞘師の、脇腹から、贅肉をかき集め……。

「これで、こうすれば!」

 鞘師の胸元にはなるほど、Cカップはあろうかという肉が集まり、谷間まで出来ている。

「男だって、パイ拓ぐらいとれる」

 ……なるほど。

 なんとまぁ下らない真実。

 たわわなおっぱいを蓄えたまま、うなだれる鞘師。

「ごめん、樹ぅ! 出来心だったんだよぉ! 童貞童貞言われてるのが悔しくて」

 よく考えたら、これはパイ拓の偽装証明であって、童貞であることの証明ではない。

 だけど、鞘師の中で何かが決壊してしまったのだろう。

「鞘師、そんな意地を張る必要はない。きっと、お前の可愛さに気付く誰かがいるさ。鞘師マジカワイイ、部屋着もカワイイ。ジャージの毛玉の一つ一つまで。ってな」

 告白かよ。トラビス、マジでどうした?

 なぜだか僕の方が気まずくなり、鞘師とトラビスを交互に見てしまう。

「笑えよ、樹」鞘師は絞り出すように言った。

「あはは」僕は本当にただ「あ」「は」「は」と一文字ずつ言った。

「笑うならちゃんと笑え! 大体、こんなことになったのは樹のせいだぞ!」

「なんで……」

「お前が悪ぶってセックスするだけでいいとか、ごちゃごちゃ言うからこんなにこじれたんだよ!」鞘師は僕が言い終わる前にかぶせてきた。

「本音なんだよ、鞘師なんかにどうこう言われたくないね」

「好きだからセックスしたいんだろ? それはフツーだろ?」

 ……どうしよう、反論が浮かばない。

 鞘師が言ったのはすごく当たり前のことなのに、ショックを受けてしまった。

 [性の対象として見ること]

[先輩に恋心を抱くこと]

 この二つは、片方しか選べない二者択一だという考えに縛られていた。

 そして自分を心ない人間だと決めつけ、前者を選ぶことで僕はまた逃げていたのだ。

 僕は先輩が好きだ。

 僕は先輩とセックスがしたい。

 その気持ちは同時に成立してもなんら不思議じゃない。

 誰でもわかる当たり前のことが目から鱗なんて、おかしくて仕方なかった。

 鞘師、さすが元、非童貞。

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