第13話 変な電波受信中

『お前喋るの下手すぎ。もっと面白おかしく盛り上げろよ、そうしないとその後の沈黙が引きたたないだろ』

 急にイヤホンから鞘師の声がして、驚いて肩が跳ね上がる。

 そうだった、すっかり忘れてた。いたのな、お前。

『もっと色っぽい雰囲気に持っていけ。インテリジェンスとエロスが融合した気の利いた事の一つ言って、自然な流れで持っていくんだ』

「ムチャクチャ言うなよ」

「どうしたの、樹くん」

 ヤバい、これじゃただの独り言だ。

『お前に面白いことなんか期待してない。いいか、おれが言うことを繰りかえせ』

 こちらの反論など許さず、鞘師は続ける。

『カマキリのオスの命は儚い。メスと交尾した直後に食べられてしまうのだから。そう思ってませんか?』

 は?

『いいから早く言え!』

 どうなっても知らないからな……?

「カマキリのオスの命は儚い。なぜなら、交尾した直後食べられてしまうから……そう思ってませんか?」

「なに急に? なんでそんな棒読み?」

 その疑問は正しい。

 だけど僕は続ける。今やっているバカみたいなごっこ遊びに、頭を浸していたいから。

『でも、本当の悲劇はそこじゃない』

「でも本当の悲劇はそこじゃありません」

「別に否定してないよ。なんだっけ、カマキリが……なんだっけ?」

『本当の悲劇は、そこらにいるカマキリのオスはみんな童貞だということだ』

 鞘師は得意気に続けた。

「カマキリのオスは、みんな童貞だということだ」

「……」

 先輩が黙った。珍しい。目を丸くしている先輩は、新鮮でなんだか可愛い。

 わけがわからなかったんだろう。僕もわからない。

 限りなくスベったが、自分の責任ではないと思うと客観的におかしく思える。

『……ごめん』

 鞘師もさすがに悪いと思ったのか、細い声で謝った。

 なんと言っていいかわからず黙っていると、先輩がその話に乗ってきた。

「なるほど。じゃあ樹くんは、奔放な性生活がエンジョイできるニンゲンに生まれてきたことに、感謝してるってことかな?」

「いや、なんか変な電波受信しただけなんで……」

「私は虫に生まれた方がよかったな。目的がはっきりしているし。生まれて、蛹になって、大人になる準備をして……飛び立つって、もうルートが決まってるからね」

「えっと、無理にそこで広げなくても大丈夫なんで……」

 気を遣わせてしまっただろうか。言い訳を一生懸命考えているところで。

 車が急ブレーキ。

 苛立ったようなクラクションが後ろから響く。無理もないだろう、信号もない場所での急停止だ。

「なにやってんですか!」

 僕の焦りなどお構いなしに、ハンドルを手放した先輩の顔がグッと迫る。激しくクラクションが響く中、先輩の声だけがはっきりと輪郭をもって聞こえた。

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