グリーン レイン

きひら◇もとむ

第1話

6月、新緑の時期を過ぎ、草木の緑がひと雨ごとに力強さを増してゆく。


彼女に初めて会ったのは、そんな6月の午後だった。


夏の到来を思わせるような強い日差し。僕は木陰を求めて公園の駐車場に車を停めた。

ここの駐車場は大きな木が並んでいて、営業マンのお昼寝スポットだ。案の定、たくさんの車が停まっていて、ワイシャツ姿のサラリーマンが気持ち良さそうに昼寝をしていた。


僕は左右の窓を三分の一ほど開けてエンジンを切った。木漏れ日のなか、車内に入り込む風の心地よさに、いつしか浅い眠りについていた。



どれくらいの時間が経っただろうか。ふと気がつくと頬を撫でる風が変わっていた。先程までの柔らかさがなくなり、どこか鋭角的な風だ。

そして『ポツリポツリ』とフロントガラスに雨粒が落ちてきた。


――あぁ、降ってきちゃったか……。


シートの背もたれを起こし、ガラス越しに外を見る。

小学生たちがきゃーきゃー言いながら傘も持たずに走っていく。


そんな中、女の子がひとり、傘もささずにベンチに座っている。雨に打たれながら膝の上の黒い子猫を優しく撫でていた。


僕は傘を持って、車から飛び出した。


「お嬢さん、こんなとこにいたら風邪ひいちゃうぞ」


そう言って彼女に傘をさしかけた。


鎖骨まで伸びたサラサラの黒髪は雨に濡れたせいでぺったんこになり、セーラー服もびしょびしょだ。


「……いいんです、これで」


弱々しく僕を見上げた彼女の瞳は潤んでいた。


「雨が、涙も悲しみも全部流してくれるから……ほら、私が泣いてるの、わからないでしょ?」


彼女は無理矢理の作り笑顔を僕に向けた。そして下唇をぎゅっと噛むと、輝きを失った瞳から大粒の涙が溢れ出した。声にならない声をあげ、肩を震わせて泣き続けていた。


僕はそんな彼女に掛ける言葉が見つからず、ただ傘を差しのべるだけしかできなかった。


ひとしきり泣いて落ち着いたのか、彼女は「失恋しちゃった」とひと言呟いてから『ぽつりぽつり』と話し始めた。

ずーっと片想いをしていた先輩に思い切って告白したがフラれてしまったそうだ。


「とても素敵な人なんです」

「今までこれ程誰かを好きになることなんてなかった」

「ずっと一緒に隣で笑っていたかった」


先輩への断ち切れぬ想いを語る彼女の表情は、恋する女性特有のキラキラした美しいものだった。

僕はそれを見て、ドキッとするとともに、甘酸っぱい想いに胸の奥がキュンとするのを感じた。


ピピピピピ!


その時、ポケットの業務用携帯が鳴った。それはお客様がご来店されたので大至急戻ってこいという上司からの電話だった。


僕は一旦車に戻り、トランクからノベルティーのタオルをいくつも抱えると、彼女の座るベンチへ戻った。傘を彼女に持たせ、包装紙を破いて何枚もタオルを出した。


「いいか?この傘は君にあげる。そしてタオルもだ。しっかり拭いて乾かすんだ。そのにゃんこも乾かしてあげなさい」


そう言って大量のタオルを彼女に手渡した。


「こんなにたくさん……。これじゃあ、タオル売りの少女になっちゃうよ」


彼女が初めて素の笑顔を見せた。


「うん、いい笑顔だ。君は泣き顔より笑顔が似合うよ、なんて、俺の言ってること、ちょっとクサいかな?」


「はい、相当です。でも、ありがとう」


「そっか。うん、なら、良かった」


僕は彼女の抱えたタオルから一枚取って、彼女の頭からふわりと被せた。そしてタオルの上に手を置いてグッと力を込めながら言った。


「失恋はツラいよな。でも、さっきの笑顔があれば大丈夫だ。泣くだけ泣いて涙が出なくなったら、もっと綺麗になって先輩を後悔させてやれ」


「……はい」


彼女の瞳に輝きが戻ったのを見届けると、僕は駐車場を後にした。

バックミラー越しに彼女の姿が見えた。

草木が薫る緑色の雨のなか、僕の傘を左右に大きく振っていた。


いつまでも、いつまでも。


☆ ☆ ☆


この作品は、カクヨムで仲良くさせて頂いてる☆涼月☆さんの作品を読んで、インスパイアされて書いたものです。

ぜひ、その作品をお読みになることをお薦めします。

なぜなら、とーっても素晴らしいからです。

こちらから、どうぞ!

https://kakuyomu.jp/works/16816452219072169292/episodes/16816452220646829008


さらに追伸

今回お読みいただきました『グリーンレイン』の続きの物語が『僕の世界に降る無色透明な雨はキミ色に彩られてゆく』という作品になっております。69話という長編になりますが、一話はほんの1分程で読めるようになっておりますので、もしよかったらお時間があるときにでも読んでやってくださいませ!

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