日ノ本国立花守訓練校 春櫻樹学院編 act.1期生

納富紫恩.1

 青く新緑の気配を感じる山波の内側に、丸く開けた盆地がある。盆地に整然と在る、巨大な都市の一際大きな駅へ、東南から上がってきた列車が、滑るように入り込んでいく。駅の壁面には「京央けいおう駅」の文字が掲げられており、日ノひのもと国最大の交通の要所として、多くの人々が行き来している。


 『ご乗車誠に有難う御座いました。終点・京央駅、終点・京央駅です。お降りの際は足元にご注意下さい。』


 到着した列車から次々と人が吐き出され、ホームに誰もいなくなった頃。一人の黒い詰襟の制服を着た、高校生くらいの青年がばたばたと降りてきた。大きなトランクを持ち、これまた大きなスポーツバッグを肩にかけている。


 列車の中で寝ていたのか、焦茶色の髪は寝癖が目立ち、どことなく疲れた顔をして、駅の表示板と手元の「入学手引書」と書かれた紙を見比べながら、ローカル線のホームへと走っていく。

 その両手の指先は美しい蓮華色をしていた。




 『次の停車駅は白川 春櫻樹しゅんおうじゅ学院登り口、白川 春櫻樹学院登り口〜。』


 午後3時を過ぎた頃、車内アナウンスに反応して駅に降りたのは彼だけであった。

 「…まあ、編入生とか普通一人だよね。」


 他に誰もいないホームで、ぽつりと呟くとトランクを持ち直し、改札を抜ける。指定された北口から一人で駅を出ると、ロータリーもなく、青々とした下草が生えた広場のようになっており、10メートル程先からは林が広がっていた。


 「入学手引書にはやしろって書いてあるんだけどなぁ。どう見ても林なんだよな…」


 少し躊躇いながらも、林の中へと続く薄い轍に沿って木々の隙間を15分程進んで行くと、左右に開けた空間に出た。

 目の前には少し小さめの朱鳥居あかとりいと、厳かな社があり、春櫻樹学院の白い学生服を着た少年が社の前の石階段に座っていた。


 周囲の林から浮いた、鮮やかな濃い紅桃色をした髪を肩に着くほど伸ばした美少年だが、どことなく眠たそうな薄い茶色の目が柔らかな雰囲気である。


 「すみません、待たせてしまいましたか。」

 「んー、待ってないよ。さっき引き継ぎしたの…その鳥居、先にくぐってほしいな。」


 慌てて駆け寄ろうとする青年を、少年が眠たそうだがよく響く声で静止する。


「それー、学院の最終入学手続きみたいなものだから。絶対通ってもらうようにって代表が言っていた。」

「…分かりました。」


 これといった特徴もない、朱塗の鳥居を指差しながら少年に告げられ、鳥居を眺めて首を傾げつつ青年はその真下に足を踏み入れた。


---チチチチチチッ

『生体を感知。確認いたします。確認完了しました。花守・納富のうどみ紫恩しおん。レンゲソウの祝福を持つ方、ようこそ日ノ本国立花守訓練校 春櫻樹学院へ。』

---チチチチチチッ


 ゼンマイ仕掛けを巻く時のようにも、リズムの整った鳥の鳴き声のようにも思える奇妙な音が聞こえ、鳥居の左右の柱から、光の蔦草のようなものが『ぶわり』と伸びて、青年の腕に巻きついた。蔦草が少し強く光った途端、女性のような声が聞こえて青年-紫恩へ歓迎を述べると、最初の奇妙な音と共に光は霧散していった。


「お、あ…びっくりしました。」

「そうー?よくある妖精の輪の応用式だよ。」


 紫恩が目を丸くして固まったまま、なんとか声を絞り出すとのんびりとした返答があった。


「妖精の…?」

「あー、君は後受けの人だっけ。普通の人間には分からないらしいから、今まで見た事無かったのかなぁ。」


 取り落としていた荷物を拾って、鳥居を抜け歩み寄って行くと、少年は石段から立ち上がって真っ白なスラックスから砂埃を払い落とす。


「すみません、まだ花守になったばかりで、色々と分からなくて…」

「ふーん。とりあえず、鳥居は通って貰ったし庭…学院に行こっか。」


 あまり興味が無いのか、特に気にした様子もなく少年は背後の社を振り向くと扉を開けた。


「えーっと、ここから上に上がれるようになってるんだ。詳しい仕組みは古すぎて分からないらしいけどねー。」


 社の中は桜色一色だった。正確には8畳くらいの空間の壁、床、天井、あらゆる場所から桜の花をみっしりと咲かせた枝が這うように生えて全体が薄紅に染まっているのだった。よく見ると、床の中央だけぽっかりと丸く色合いが薄い場所がある。


「なんというか、これは、すごいですね…」

「んー、どうやったらこうなるのかは未知だね。」


 そう言いつつ少年がすたすたと歩いていくので、引き攣った顔で社の中を見ていた紫恩も慌てて中へ入る。


「えっと、あの…あなたは、学院の花守の方ですよね?」

 ふと紫恩が手元の紙に目をやりつつ、前を行く少年へ問いかけた。

「んー?そうだよ?」

「学院からの手引書には、学院への案内は1期生代表の、八重森やえもりあさひさんってなってるんですけど…さっき違うような事を言われてたので気になって…」


 紫恩が自信なさげに問いかけると、少年は振り向いて少し申し訳ないような顔をした。


「あー、代表はねー。生徒会の別の用事が入っちゃって、来れなくなったんだよね。その時たまたま、近くにいたから代わりに僕が来たの。」


 そのまま近づいてくると、紫恩の顔を見上げて少し首を傾げながら苦笑する。


「自己紹介してなかったねー、ごめんね?僕そういうのあんまり気付かなくて…。僕は半田はんだ皐月さつき、よろしくね納富くん。あと、同じ1期生だし敬語はいらないよ。」


 桜の中で際立つ紅桃色の学友は、やはり眠そうな目のままそう名乗った。

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