歯が黄ばんで

ぜっぴん

歯が黄ばんで

「歯ぁなんか、黄ばみゃあ、そんなもん仕方ないだろうよ」

 なんて、友人は簡単に言ってくれたものです。

 私は喫煙者です。コーヒーやウーロン茶もよく飲みます。出かけない日に歯を磨かないというのも珍しくありません。当然、至極当たり前の帰結として私の歯は黄ばんでしまったのです。

 子供のころ歯医者さんに通わされていました。私の歯は丁重に扱われ、食後の歯磨きは母親にこっぴどく言いつけられたものです。自分の歯よりもよっぽど大事そうに、母は朝早起きして眠い目をこする私を担ぎ上げて歯を磨かせました。お昼もご飯を食べても歯磨き。夕飯を食べ終わると歯磨き。床に就こうとする私を担ぎ上げては歯磨き。挙句の果てにはモンダミンまでもを強いられました。

 使った歯磨き粉も数知れず。オーラツーステインクリア、シュミテクト、デントヘルス、クリニカ、ガム。生葉を、モンダミンとフレーバーで割る、チューハイヘルスケア。それに歯間歯ブラシのコンボにかなう歯垢も歯石もありません。三時のおやつのキシリクリスタルに、モンダミンのソーダ割がずきずきと私の歯を傷めつけました。

 我が家の人に見せられる自慢の歯を作るにあたっての気合はもはや狂気の沙汰。休日、家族ですき家に訪れればトイレの前の洗面所で歯磨き。そしてモンダミン。ゆっくりガストでハンバーグを食べて、洗面所でモンダミン。ちびちびと、サイゼでドリンクバーをひっかけてはモンダミン。はしごしてジョナサンのドリンクバーをひっかけてはモンダミン。繰り返されるモンダミンの応酬により、私の口内はとっくに味覚をほとんど失っていました。


 それが、ひとたび社会に出て七年ほども経ってしまったころには、いとも簡単に私の歯は黄ばんでしまっていたのです。今更少年時代ぶりに歯医者に赴くのもなんだか恥ずかしいものでした。

「先生、私の歯」

 先生はため息をこぼして言いました。

「非常に重篤な状態です」

 私は半狂乱で先生に詰め寄りました。

「どうして」

「磨きすぎです。幼少期からのそのオーバーブラッシングで歯がボロボロになったんですよ」

 皮肉なものです。世の中にはある事態を避けようと過剰に対策をするとかえって痛い目を見ることもあるのです。私には、もう、正常な考えを持つことが、できませんでした。

「これからは、歯を大切に扱うようにしてください」


「じゃあ先生、これからは目一杯歯を磨かなきゃいけないんだね」


 どうやら私は、歯を洗うより、脳を洗われていたようです。


 お後がよろしいようで。

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歯が黄ばんで ぜっぴん @zebu20

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