タンスの奥にでも

 昨日は大変な一日でした。

 一つ一つはそんなに大したことないことが、用事、仕事、用事、仕事、家事、仕事、用事、用事、アクシデント、みたいに積もり積もってへろへろになりました。そういう日もありますね。あるけどやっぱりしんどかったです。


 今日も用事も仕事も家事もありますが、昨日に比べたらやらないといけないことがない。


「今日はちょっとゆっくりしよう」


 そう思って半分へばりながら一応仕事の態勢をとってます。


 と、携帯じゃなく実家の電話が鳴りました。こっちにかかるのは仕事の電話かアンケートかセールスだけ。今日はなんじゃいなと出てみたら、若いお兄さんの声でした。


「お忙しいところを失礼いたします、責任者様はいらっしゃいますでしょうか」


 一応私が責任者なので自分だと名乗ったところ、そこからつらつらつらーっと、お兄さんがしゃべるしゃべる。


「こちらは◯◯◯◯と申しまして、関西の経営者様に大阪駅前にできました~~~~というマンションをどうたらこうたら」


 と、こちらの返事も聞かずに話しだした。どうやらマンションのセールスらしい。


 いりませんと言おうとしたんですが、何しろ一方的にしゃべりまくるもので、そう言う隙がない。


「このマンションがですね1800万円でして、今は1800万円を銀行に預けても100円ぐらいしか利子がつかないんです。そこでこのマンションを買ってそれを貸せば年間70万円の儲けが出ます」


 すごく軽い感じに1800万円って言ってくれるけど、そんな余裕ないので断ろうと思うんですが、さっきも言ったように言う隙がない。なんとなくテレビショッピングを見てる一視聴者のように聞いているしかない。

 断りたいんですが、あまりにもそうやって話してくれるので、なんとなく面白くなってきた。こうなったら言いたいこと全部話させてあげようじゃないか。

 もうちょっと元気だったら断ったかも知れないけど、昨日の疲れが出てるのかそこまで対抗する余力もないし、黙って聞いてよう。


「1800万円を銀行に預けても利子がつかない、ですから『マンション銀行』に預けるつもりで1800万円でご購入いただいて、70万円の利子を受け取るつもりでいてくださればいいかと。その手続き、ほにゃららら~」


 と、面倒なことは全部うちがやりますよ、という説明が続く。


 そしてその後です、こんなことを言い出した。


「◯◯テレビの◯◯、✕✕テレビの✕✕などで、コマーシャルをやってまして(ここでCMソングを歌いだした)という歌、お聞きになったことございますでしょうか」


 と、ここでやっと一呼吸ついたので、こちらのターンだ。


「ああ、聞いたことあります」

「ありがとうございます」

「でも、そういうお金ないので申し訳ないけど」


 と言いかけたら、また自分のターンを取り戻すぞとばかりに、こんな返事が返ってきた。


「え、社長、1800万円ございませんか?」


 社長!

 いや、確かに責任者だけど社長じゃないから!

 でも、なんかすごい面白いぞ、この人。


「ないですねえ」

「銀行の口座には?」

「ないです」

「タンスの奥にでも」


 もっとあるはずないー!


 もう思わず吹き出した。


「残念ですけどないですねえ」

「そうなんですか」


 と、まだ何か言ってくれようとしたんですが、もういいからお断りしよう。


「残念ですけど、たくさん話してくれて申し訳ないですけど、では」

「そうですか」


 と、やっと話は終わったんですが、本気で腹筋震えました。いや、面白かった。


 小さいものならともかく、1800万円のマンションを売るのに、まず相手をちゃんと調べてからかけてきてほしいと思います。うちは何も損してないし、今日はしんどいなあとのたっとしてたので、ちょっと元気になれたのでよかったかな。


 しかし、あの調子で電話かけた相手全員にまくしたててるんだろうか。

 うちにかけた後、今度は本物の「社長さん」に聞いてもらえてたらいいのにな、と思いました。

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