怪盗紳士×自殺屋
匿名希望
序章 華麗なるコンビ
第1話 怪盗紳士(女)
「やあやあ、親愛なる警察諸君!今宵も我輩の勝ちのようだな。予告通り、【乙女の涙】は我輩が頂いていくぞ!」
「待て、スカーレット!」
美術館のスポットライトに不可思議な人影が照らし出される。不気味な笑顔を浮かべるように細められた三日月型の目をしている妙に色彩豊かなベネチアンマスク、赤くメイクされた目立つ口元、全身真っ赤な服装に身を包んだその人影は不敵に微笑み、月夜に輝く青い宝石を右手の指先に摘まんだまま、信じられないことに…その姿は指に持った宝石ごと大量の細かい紙へと変化し、紙は当然ながら風に吹かれ、どうにもできず地団駄を踏む警察たちを嘲笑うようにしていずこかへと飛び去ってしまう。『彼』の名は…「スカーレット」。全身赤い服装をしている事からそう名付けられ、どんなに厳重な警備も簡単にすり抜けて財宝を盗み出す、華麗なる怪盗。『彼』が持つ『異能』の名は…『
自身を無数の紙に変え、どこからともなく吹き始める風に吹かれて飛び去ってしまう、誰にも捕まえられないその異能からか『彼』は「神出鬼没の怪盗紳士」と呼ばれ、民衆から熱狂的なまでの支持を得ていた。
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風に吹かれる無数の紙が向かう先は時代錯誤な中世ヨーロッパ風の屋敷。開きっぱなしの窓の中、女性のものらしい豪奢な個室に辿り着くと紙が集まって人の形を作り、『彼』がまた部屋の中へと出現する。息を吐き、仮面を外している所を見るとどうやらここは『彼』の家であるらしい。露になった顔は少し吊り目がちではあるものの美しく、明らかに女性の顔立ちをしていた。「…ロミアお嬢様?お帰りになられたのですか?」その時扉の外からおずおずと、『彼女』にそう問いかけるごく小さな声。物音に気づいたメイドが主人かどうか確かめに来たようだ。「…ああ、ごめんなさいエリザベート。驚かせてしまったわね。私よ、入っていいわ。」その答えに安心したらしいメイドは控えめに扉を開け、「お帰りなさいませ…ロミアお嬢様。今日は随分と遅いお帰りでしたね。お食事はどうなさいますか?」素朴そうな顔立ちをした、10代後半のメイドが安堵したような笑顔で『彼女』にお辞儀をする。「ごめんなさい。ちょっと用事があったの。
今日は疲れたから…もう眠らせて頂戴?」
「そ、それは失礼しました…おやすみなさいませ、ロミアお嬢様。」メイドが立ち去り、扉が閉まる小さな音を聞くなり疲れたようにベッドに倒れ込み、【乙女の涙】を眺める。月光に照らされ、名前に違わず涙のように青く光る美しい宝石を見つめながら長いブロンド髪に埋もれている、エメラルドのような翡翠の瞳が瞼に覆われた。この美しい深窓の令嬢こそ、民衆から熱狂的な支持を得ている怪盗紳士『スカーレット』の正体…名門であるノ ックス家の一人娘、ロミア・ノックス。娘に屋敷をひとつ与えても彼女を先程のエリザベートを含む5人のメイド付きで何不自由無く生活させられる程経済力のある名門一家のお嬢様でありながら、スリルと楽しさだけを求めて怪盗業に精を出している享楽主義の美女である。
「…さあ、次はどこへ向かいましょうか。」
瞼で翡翠の宝石を包み、指先で青の宝石を包んだまま彼女は微かに微笑んだ。
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