ワン・ディレクション~報復の誓い~

「ねえ、起きて? 起きてってばっ……」


「だ、誰だ……?」


 胸の痛みをこらえながらエクスが目を開けると、目の前に自分と同じくらいの年の少女がいた。


 どうやら自分は今ベッドに寝かされているらしい。頭が覚醒するほどに、跡形もなくなったアンファ村の光景とエトワールと名乗った男の顔が浮かんでくる。


「……殺してやる」


「えー⁉ 起きていきなり殺してやるってそんなに私、悪いことした⁉ もしかして低血圧で目覚めが悪いタイプ⁉ だったらごめんー! 殺さないでー!」


 本当に誰だこいつ。水色の髪にキラキラと煌めく蒼い瞳をしている。村では見たことのないタイプの奴だ。いや、そもそも村に子どもは俺しかいなかったから、自分と同年代の奴を見るのも初めてだ。


「……お前のことじゃない。それよりここはどこだ?」


「ここはどこってルバンシュ王国城よ。その中の私の部屋の私のベッド。どうしてあなたはここにいるの? 誰かに連れてこられたの?」


 ルバンシュ王国城だって? ブリッツが俺をここまで連れてきたのか。それより、村はどうなった? 本当に全員死んだのか? もしかしたら誰か生きてる奴が……。


 エクスが勢いよく起き上がると、胸が稲妻に貫かれたように痛んだ。くそ、エトワールにやられた怪我を忘れていた。


「あー、だめだめー。怪我してるんだね。なら好きなだけ寝ててもいいよ?」


 エクスは起き上がるのを諦めて再びベッドに寝転ぶ。


「で、結局お前は誰だ?」


「私はグラス。騎士団長ブリッツの娘よ」


「ブリッツの? あいつ若く見えたがこんな年の子どもなんていたのか」


「ううん、本当の娘じゃないの。養子よ」


「養子? なんでまた?」


「……それはブリッツが抑止力の戦士だから」


「抑止力の戦士? なんだそ……」


 エクスが疑問を言い終わる前に部屋の扉が開いて、ブリッツが入ってきた。


「エクス、目を覚ましていたか。起きたばかりですまないが、父上に今回の件を報告しなければならない。ついてきてくれるか? グラス! 帰ってたんだな。おかえり、無事で何よりだ」


「うん! ただいま! その報告って私は聞いたら駄目?」


「……いいだろう。ついてきてくれ。エクスも同じくらいの年の子がいた方が色々と話しやすいかもしれないしな。グラス、エクスのために車椅子を引いてくれるか?」


「うん! 任せて!」


 俺もなぜアンファ村があんな目にあったのか聞き出さないとな。エクスはなされるがまま、グラスに車椅子に座らされ、部屋の外に連れて行かれた。



*************************



「父上、エクスを連れて参りました」


「ああ、ごくろう。エクス、今回アンファ村がなすすべもなく襲撃を受けてしまったのは私が決断に迷い、ブリッツを向かわせるのが遅くなってしまったせいだ。どうお詫びしていいのか分からない。本当に申し訳ない」


 おいおい、ブリッツが父親と呼んだのは国王じゃないか。村から出たことがない俺でも国王がどんな存在かは知っているぞ。


「国王、あんたが謝ってももうどうにもならない。それよりエトワールという男について教えてくれ。俺はそいつを探して殺す」


 国王も周りの人間も俺の言葉遣いを咎めることはなく、また国王が口を開く。


「エトワールか。この大陸には五つの大国が存在し、その全ての国が戦争状態にあるが、奴がどこの国の戦士なのかは分からない。星の抑止力とは初めて聞いた」


「その抑止力って何だ? ブリッツはエトワールに雷の抑止力と呼ばれていたが……」


「エクス、そなたは抑止の力について知らないのか⁉」


「ああ、初めて聞いたな。ブリッツが村に近づく時に言っていた汚染という言葉も俺には何か分からなかった。村の大人達からそれらの言葉を聞いたことがない」


「そうか……。抑止の力についてや国勢については後でグラスに聞くと言い。この場ではとても説明しきれない」


「……分かった」


 国王は話を続ける。


「ブリッツにはアンファ村にとある書物があるという情報をもとにその確認に行かせていた。ブリッツの話を聞く限り、エトワールが一冊の本を手にしていたらしいが、その本に心当たりは?」


「いや、ないな。だが、村の中央の木、あのくそ野郎の隕石にも耐えていた木は、始まりの大樹と村の中では呼ばれていて、その中には何冊か貴重な本が保管されていると聞いたことがあった。エトワールは俺とブリッツが村に着いた時には始まりの大樹の所にいたから、奴はその中からあの一冊を盗ったんだろう」


「そうか……。ブリッツを村に行かせたタイミングで襲撃されるとは、やはりどこかで情報が漏れていたとしか考えられぬな。それにまさか抑止力の戦士が敵国の領土で力を行使するとは……。」


「国王、俺にも質問がある。村に生存者はいなかったのか?」


 国王ではなくブリッツが俺の質問に答える。


「……いなかった。かろうじてあの隕石の衝突を生き延び、息を取り留めていたものがいたとしても、汚染が進んでいて、俺たちが着いた時にはすでに手遅れだっただろう。エクスもあの場にあと十分もいれば命を落としていた。少年よ、君には辛い思いをさせた。すまない」


「……。あんたがいなければ俺は死んでいたんだろ。それに奴はあんたが力を振るえば俺が死ぬと言っていた。……それには礼を言う。ありがとう」


「ほう、ブリッツからは猪のような男だと聞いていたが……」


「冷静に見るべきところは見るだけだ。俺にはまだ抑止の力というものは分からないが、ブリッツにはブリッツの事情があったんだろ。……ただ俺は必ずエトワールに報復する。これからはそのために生きる」


「報復か……。エクス、村を失ったお主はこれからどうするつもりじゃ?」


 国王の質問にエクスはどう答えようか迷う。自分の身体能力には自信があるが、ただそれだけではエトワールには勝てない。どうやって鍛錬を積む? どうやって生活していく?


「……俺は……」


「エクスは俺が引き取ります」


 エクスの言葉を遮ってブリッツが口を開く。


「エクスを養子に迎え、グラスと共に鍛錬を積ませます。それが今回の件の俺の責任です」


「ブリッツ……」


「……そうか。エクス、お主はどうしたい? ブリッツの下で鍛錬を積めば、おそらく潜在能力も目覚め、抑止力の戦士とまではいかなくても力を得ることはできるだろう。だがお主が別の道を望むならお主が望む通りの道を全力で援助しよう」


 ブリッツ、ルバンシュ王国騎士団長。そして抑止力の戦士という何か特別な存在。俺にとって得るものは大きい。エトワールに復讐するためには他の道なんてない。


「ブリッツ、これからよろしく頼む。俺に報復のための力をくれ」

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