第82話 簒奪者の思惑

 監獄リアビア 署長室――


「明日だ……明日で漸く決着がつく。今から待ち遠しいぜ」


《帝国機密処理場 監獄リアビア 元監獄署長 カン・ゴック》


 綺麗に整理整頓された部屋の最奥に座っていたのは、一年前にこの監獄で署長を務めていたカン・ゴック。

 目元と口以外の顔中を包帯でぐるぐる巻きにし、かつて着ていた青い軍服も今やボロボロに破け、その色調は反転しているかの如く血に染まっていた。


「本当に来るの? あれから一ヶ月、全く音沙汰ないんだけど」


《第六十二代転生者 兼 賞金首俗称 金満の蚕食者 アレン・オーゥル》


 ソファーに踏ん反り返りながら小生意気な態度で愚痴を漏らすのは、黒いショートボブの前髪を指で流すアレンという名の少年。


 金色の刺繡が施された白いセミロングのコートを羽織り、襟から襞の付いた飾りを胸元まで垂らしつつ、サスペンダー付きの黒いショートパンツを履く、まだ成熟しきっていない美少年といった容姿だった。


「さあな。まあ、もし来たとしたらその時は嬲り殺し……来ないなら来ないで、逃げたってことで奴の負け。他の奴らを処刑するだけさ。帝国のクソ野郎どもも、妖の旅鴉を処刑するって噂だしな」

「ちょっとさぁー、忘れてないよね? 他の男どもは処刑してもいいけど、お姉さん方は殺さないって約束。あくまでだけだってことをさ?」

「ああ。女どもは好きにしろ。俺はあくまで復讐ができればそれでいい。俺の顔を何度も殴って、こんな風にしやがったダン・カーディナレになぁ……! お前だって来た方が嬉しいだろ……アレン?」


 カン・ゴックが血走った目を向けると、アレンは「そうだね……」と立ち上がり――


「伝説の男、ダン・カーディナレ……奴は僕にとって目の上のたん瘤だ。この手で始末し、奴の持っていたものを全て奪わないと気が済まない。その始めの第一歩が貴女だ……レイお姉さん」


 ――悪戯な笑みを浮かべながら、対面に座る意識を失っていた、レイ・アトラスの顎を持ち上げた。





 ドミナッツィオーネ帝国本部 幹部議場――


 暗がりの部屋の中央……その円卓に一人の男が口の前で両手を組みながら座っていた。

 卓上には複数のホログラムが映し出されており、幹部会とあってか辺りには物々しい雰囲気が漂っている。


「先だって伝えていた通り、妖の旅鴉の処刑日が決まった。その件で急遽集まってもらったわけだが……一応、異論が無いかを聞かせていただきたい」


《ドミナッツィオーネ帝国 元帥 ガヴール・マクシムス》


 長い白髪をオールバックにし、同色の髭を長めに蓄えた丸眼鏡をかける宿老。

 渋みのある顔と所作の節々には紳士的なものを感じさせ、青い軍服の胸元には数々の勲章がつけられており、肩章が装着された灰色のマントを羽織っていた。


「異論も何も……誰も反対する者は居らんだろうが? 数日前から捕らえておったのに、むしろ執行が遅すぎる! 奴は我らが帝国に単身で乗り込んできたんだ。被害だって尋常じゃない。さっさと処刑すべきだ!」


 ホログラムには顔が表示されておらず、傲慢そうな声だけが飛んでくる。


「私も同意見です。何故、此処まで延ばしたのか懐疑的ですね? あの負け犬一族の跡取り……カン・ゴックが執り行う処刑日と合わせたのも気になる。それに、『現れなかった場合は処刑する』とはどういう意味なのか……お聞かせ願いたいものですね?」


 別のホログラムからは知的そうな口振りで疑問を呈す声……しかし、何処か棘のある言葉を吐く印象だった。


「ああ。皆も知っての通り、同時刻に処刑することは、既に世界中へと発信してある。だが、実際に処刑を実行するのは向こうの執行が済み、尚且つ不死身の番犬が存在しないと断定できてからだ。あくまでもカン・ゴックは目安に過ぎない」


 そんな曲者たちにもガヴールは冷静に対応する。しかし、机を叩く音と共に「分かるように言わんかッ‼」と傲慢な怒声が響き渡る。


「一か月程前から再来の貴公子の処刑は発信されていたが、それでも不死身の番犬は未だに動きを見せないでいる。正直、私としても奴はこの世に存在していないという考えだ。だが、相手は伝説の男……慎重に事を運ばねばならない。もし奴がこの世に存在し、噂通りの男だとしたら、必ず救出しに来るはずだ。そうなった場合、今の時間帯と距離を考慮すれば、不死身の番犬が機密処理場に向かうのは明白。つまり、カン・ゴックには不死身の番犬が存在するかどうか……それを確認する為の人柱になってもらおうというわけだ」


 怯むことなく説明する姿に傲慢な声の主が押し黙ると、今度は達観した雰囲気のある老婆が代わりに口を開く。


「不死身の番犬の怒りを買い、無駄な損害が避けるためとは……随分と弱気ね? まあ、理由は分かったけど……もし、不死身の番犬が存在していた場合、妖の旅鴉の処遇はどうするつもりだい?」

「現れた場合は自ら国宝人になることを条件に、妖の旅鴉の身柄を解放して帝国と同盟の契りを結んでもらう。あくまでもこちらは被害者……『現れなかったら』という文言をつけたのは、交渉の余地を匂わせるためだ。そうすれば、一度断った不死身の番犬も、少しは聞く耳を持つだろう。どうだ? 意義はないか?」


 元より異論など無かった為か暫くの沈黙ののち、幹部は続々と「異議なし」の声を上げていく。


「異議なしということで、この計画のまま進めさせてもらう。幹部会は以上だ。諸君、ご苦労であった」


 閉会の言葉を告げると共にホログラムは消えていき、部屋中に明かりがともされるとガヴ―ルは一息をつく。


「こんな感じで良かったか……? ローよ」

「ええ……完璧です。お疲れ様でした」


《ドミナッツィオーネ帝国 特殊調査隊隊長 オールド・ロー》


 部屋の隅にはオールド・ローが立っており、労いの言葉と共に頭を下げていた。


「本当に疲れるよ……上からは毎日いびられるし、下の連中は権力の上に胡坐をかいてて何もせん。その癖、口だけは達者とくる。だが、バックに貴族がついてるせいで無下にできんから、こっちは余計なストレスが溜まっていく一方だ。できることなら変わってやりたいよ」

「ハハ……要りませんよ、そんなの。まあ、どっちにしたって嫌われモンの俺には過ぎたる話ですね。閑職に飛ばされて幹部会にだって呼ばれてないですし」


 特に残念がる訳でもなく、ローは肩を竦めてみせる。


「それは残念だ……で? 彼は戻ってきそうなのか?」

「さあ、どうでしょう? 取りあえず時間稼ぎはできましたが、このまま出てこないとなると、本当に妖の旅鴉を処刑することになってしまいますね」

「ああ……だがそうなると、彼が戻ってきた場合、確実に怒りを買うだろうな。まあ、それもお前の狙いなんだろうが……」

「ええ。その怒りのまま帝国をぶっ潰してもらえりゃあ、こちらとしても都合がいい。でも……」


 納得のいかない面持ちのローに、ガヴ―ルは「でも?」とその真意を問う。


「復讐に満ちた想いでは、この国の隅々まで見通すことはできない。他国を支配する勇気もなく、当たる場所といえば自国の力を持たない弱者たち。貧富の差は広がるばかりで、上の連中はそれを利用し、無法千万の数々……この腐った国を変えるには復讐ではなく、正義の想いが必要だと俺は思うんですよ」


 いつもの飄々とした態度は其処には無く、真っ直ぐな瞳が信念を映し出していた。


「ああ……そうだな。さすがに我々だけでは手が回らん。彼が帰還し、お前の策に乗って国宝人になってくれれば、嫌でもこの国の現状が目に入るだろう。そうすれば、こちら側についてくれるかもしれない……伝説の男、ダン・カーディナレにな」

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