第三章

第81話 復活の産声

 ガチャガチャ……ガラガラ……


 何かが体の至る所に当たり、居心地の悪さを感じたオレは、徐々にその意識を覚醒させる。


「いっ、痛ぇ~……あれ? 何でオレ、こんなところで寝てるんだ……?」


 目覚めるとその場所には、大量にゴミが置かれていた。どうやらオレはゴミ捨て場で寝ていたらしい……まるで酔っ払いのおっさんのようであるが、当然酔っているというわけではなかった。

 

 オレは体を起こしながら辺りを見回し、今が夜であることを確認する。

 何処かの街のようだ……ぼろい酒屋が建ち並んでいて、喧騒がそこらかしこにあり、ガラの悪そうな者たちが酒を呷り、ある者はオレの方を見るや否や、何処かへと走り去っていった。


「このチンピラの巣窟みてーな場所には見覚えが……」


 お世辞にも治安のいい場所のようには見えないが、遠くの方を眺めるとここからでも分るほどの立派な城が散見されて、どうにもアンバランスな街という印象を受ける。っていうか……


「マリオネッタだよな……ここ。何で、こんなとこに飛ばされてきてんだ? それに随分と既視感のある展開だし……もしかして、もう一回最初っからやり直せとか言わねえだろうな」


 オレは再び辺りを見回すと、ガラス張りの店が目に入り、ようやく自分の姿を視認する。


 そこには黒髪に白髪が少し混じっていて、目の下にクマがあるという、相変わらず人相の悪い男が立っていた。しかし、服装は転生してきたときの野戦服ではなく、ブラザーから貰った特注品であった。


「うむ。どうやら過去に跳ばされたって線はなさそうだが……こんな時には説明役が欲しいところだ。確かオレの記憶が正しければ、そろそろあの女が来るはずだが……」

 

 そんな淡い期待を寄せていると、この街に不釣り合いな高貴さを感じさせる、藍味を帯びた墨色のドレスを身に纏う美女が近づいてきた。


「あら……部下の者たちが慌てたように走ってきたので、何事かと思いましたら……本当に貴方様だとは驚きです。歩いてみるものですね」


 オレへと輝く笑顔を浴びせたのは、この街で領主を務めているご令嬢のエリザベート。かつてオレの純情を弄び、処刑台へ送ったビッチだ。相変わらず外面だけはいい……外面だけは。


「それはオレのことを覚えてるって解釈でいいのかな?」

「フフッ……可笑しなことを聞きますわね。まさか、また記憶を無くされたのですか? まあ、それならそれでわたくしは構いませんけど」


 この態度から察するに過去へ跳ばされたって線は完全に消えたか……


「じゃあ、この状況が何なのか説明してもらえるか? いまいち把握できてなくてよぉ……」


 エリザベートは人差し指を顎に当てて、驚いたように小首を傾げて見せる。くそっ……やっぱ、ちょっと可愛いな。


「それはわたくしが……いえ、皆が逆に聞きたいことだと思いますがね。今まで何処で何をなさっていたのですか? 貴方様が居ない間、色々ありましたのよ?」

「居ない間って……え? オレって、そんなに居なかったの? どんくらい?」


 呆れたように肩を竦めると、エリザベートは溜息交じりに、桃のように艶やかなその唇を開く。


「本当に何も知らないのですね。貴方様が行方を晦ましてから、もうが経過しているというのに……」

「一年……だと……?」





 ドミナッツィオーネ帝国監獄エリア 特殊房――


 最下層に位置する白で統一された未来感のあるデザイン。およそ牢屋とは思えないこの場所に、瀕死状態の男が囚われていた。


 牢屋内は血によって赤く染まり、横たわった男の腕は後ろ手に拘束され、喉元には枷とは思えない装飾が施された、断続的に怪光する銀色の首輪がつけられていた。


「お前の処遇が決まったらしい……明日、処刑だそうだ」


《初代転生者 兼 帝国同盟支隊 国宝人 語部伝承かたりべでんしょう


 牢屋の扉越しにそう語りかけたのは、初代転生者にして国宝人であるカタリベ。その視線に哀れみはなく、寧ろ呆れているようにも見えた。


「そんなことはどうでもいい……我が友であるダンをっ……早く返せ……!」


 カタリベから向けられた視線に対し、その男は光を失った白き瞳で睨みつける。


「だから、帝国は関与してないって言ってるだろ? まったく……話の分からない奴だ。そんなことだから賞金首になった挙句、お前は処刑されてしまうんだ……月下氷人よ」


《第六十一代転生者 兼 賞金首俗称 およずれの旅鴉 月下氷人つきしもひびと


 横たわっていた男の名は月下氷人。妖の旅鴉の通り名で知れ渡っていた氷人も、今や帝国に反旗を翻したことで賞金首になっていた。


「何度も言わせるな……国宝人になる話を蹴った直後にダンは消えた……疑わない方が無理な話だろう……!」

「お前は血の臭気で他者のあれこれを読み取れるはずだ。私が嘘をついてないことくらい分かるだろう?」

「フン……どれだけの生命を吸い上げたのかは知らないが、貴様の血は混濁してて判別などできやしない。だからこそ、貴様の言うことは信用できん……! さあ……早くダンの……居場所をっ――」


 相当な痛手を負っていたのか、氷人はその言葉を最後に気を失ってしまった。


 もはや呆れ返って言葉も出ぬカタリベは、首を横に振りつつ溜息だけを置き去りにし、その場から立ち去って行く――


「何処に行ったんだ、ダン。お前が居なければ、誰が私を……」


 ――珍しく焦る気持ちを押えながら。





 監獄リアビア――


 マリオネッタ連邦から東部へと離れた場所に点在する監獄。かつてダンが転生直後に収監されたはずの牢獄に、何故か帝国の青い軍服を着た二人の女性が囚われていた。


「囚われてそろそろ一ヶ月か……」


《帝国機密処理場 監獄リアビア 監獄署長 マキナ》


「そうだね……まさかカン・ゴックに逆らったツケが、今になって回ってくるとは思わなかったよ~……」


《帝国機密処理場 監獄リアビア 監獄副署長 オリヴィア》


 通路を挟んで向かい合わせの檻に囚われた監獄署長と副署長。一年前のダン脱獄事件により、監獄署長が失墜した為、今では二人とも昇格していた。


 しかし、そんな二人も当然の如く後ろ手は拘束され、鎖に繋がれたまま身動きが取れない状態であった。一ヶ月もの間収監された所為で、お世辞にも綺麗な状態とは言えず、疲労の色がその面持ちに現れていた。


「仕方ないさ……何処で拾ってきたかは知らないが、覚醒済みのを連れている。我々では歯が立たん……」

「他の皆も囚われちゃったもんね。はぁ……前みたいに助けに来てくれないかな……ダン・カーディナレくん」


 ダンの名が出た途端、暫し沈黙の時が流れる。


「この情報は既に世界中へ流されているんだ。これで出てこないということは……もうこの世界には居ないのかもしれないな」

「転生者だからね……逆転生で帰っちゃったのかな?」


 マキナは「さあな……」と放心したように口を開いたまま、幾分か寂し気な表情で天上を見上げつつ言葉を続ける。


「どちらにせよ明日の処刑で全てが終わってしまう。我々と……レイ・アトラスの命運がな」

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