第67話 おっぱいが生えていた

「これなら友達に、なれそう……か?」


 まさに驚天動地の如き展開! 昨日、激戦を繰り広げた憎き相手(男)は、何の因果か目を見張る程の美女に変貌していた。

 

 表情の運び方や一つ一つの仕草……それに加えて声の可愛さが完璧な女性像を演出――いや、もう何処からどう見ても女性であり、そして携える乳房が『巨』ではなく『爆』であった。


 ほんの冗談のつもりで言った言葉が、まさか実現するとは……言霊というやつは本当に実在するらしい。


 そんないやらしい――じゃないや……愛らしい姿にオレは思わず、眼前の美女へと直ぐさま駆け寄り、その柔らかな細い手と強く握手を交わす。


「ああ。オレたちはもう友達――いや……結婚しよう!」

「変わり身、早っ⁈ いいんですか、旦那⁉ 相手は男ですよ⁉」


 レイが後方からオレの肩を掴んでは、何処か狼狽えたように止めに入る。


「いや、だって色々やってきた割に全然女の子にモテないし……もう可愛いからいいかなって」

「何ですか、その雑な理由⁈ それだったら私だって可愛いでしょうが⁉」


 遂に自分で言いやがったコイツ……


「いやいや、だからといって可愛いだけじゃダメなんだよな~。今の世の中、それだけで生き残れるほど甘くはない。それに引き換え氷人ちゃんは、男でも女でもない唯一無二で、ハイブリットな存在なんだぜ? 更にはオレとタメを張る程の強さだし、何より怪しからん程におっぱいがデカい。最早お前では手に負えん……帰りなさい」

「何で帰らなきゃいけないんですか⁉ おっぱいか⁈ おっぱいがデカいからかあああッ⁉」


 荒れ狂うレイはオレの襟を掴むと、その細い腕で宙に持ち上げては、鬼の形相で怒号を飛ばしまくる。


「結婚か……我が主もと相討った時、このような気持ちだったのだろうか……? よし、分かった。契りを結ぶとしよう」

「何で簡単に承諾してんの⁈ ダメに決まってんでしょうがッ⁉」


 荒れ狂うレイはオレの襟を離すと、その細い腕で氷人に詰め寄っては、鬼の形相で掴みかかる……忙しい奴だな。


「どうやら身も心も女性になったことで、我が思考に何らかの影響を及ぼしたようだ。恐らく小生は今、己を降したダンに少なからず好意を抱いている……のかもしれん」

「何、惜しげも無く言ってるんですか⁈ ダメダメっ! 絶対ダメっ! 絶対っ……ダメなんだから……」


 レイは俯きながら徐々に小声になっていき――


「この血の匂い……そうか……貴公もダンを?」

「私はっ……! そんな単純な感じじゃなくて……」


 ――氷人もそれに合わせて小声で対応しているようだ。こちらからは何を話しているか聞こえない。


「本来、月下氷人げっかひょうじんとは仲人の意味合いがある。貴公を手助けしてやりたいところだが……この状態では、そうもいくまい? あまり細かいことは言いたくないが、今の状況に胡坐をかかない方がいい。ダンは卑怯で下品な奴だが、黙ってれば中々の好漢だ。もしあの男が本気の顔を見せた時、そこらの女性は簡単に落ちてしまうやも……精々、近くで見といてやるんだな」

「い、言われなくても分かってますよ……旦那は……世界一カッコいいんですから……」


 何か耳元が真っ赤になってるな……エロい話でもしてんのか? それならオレも混ぜてほしいんだが……


「とにかく旦那はダメですから……私の相棒なんで……絶対ダメですからっ‼」


 レイは急に叫ぶと掴みかかっていた手を離し、俯き加減はそのままに氷人から距離を置く。


「お? よく分かってんじゃねえか、レイ。二人が並んじまうと、胸の格差がより顕著に――」

「やっぱ最低っ‼ 死ねっ‼」


 怒りに身を任せながら平手打ちを繰り出すレイの連撃を、オレは全て軽々と避けて見せた……それはそれは大人気なくな。


「避けんなよっ⁉ この最低クソ野郎がッ‼」

「アッハッハッハ! ほ~ら、捕まえてごら~ん?」


 そんなオレたちのやり取りを見て、氷人はクスリと愛らしい笑みを見せる。


「ここまで人を惑わすとは……小生の容姿は相当なもののようだな。自分では確認できんが……」

「あ! そう言えば気になってたんだけど、何でお前目ぇ閉じたまんまなんだ? 新しいキャラ付けか?」

「あぁ、これか? これは……自分への『戒め』さ」


 そう言いながら氷人は瞳を開いて見せると――


「「――ッ⁈」」


 ――トレードマークだった真っ赤な瞳が、生気を失ったように真っ白に変貌しており、オレとレイは同時に吃驚して言葉を失う。


「驚かせて済まない。これはいわゆる我が弱さの象徴というやつだ。目で見える物に捉われず、己が心で物事を捉える。その為に必要な行為だった」


 それで自分の目を潰したって……マジかよ、こいつ? まさかオレと同じこと考え――いや、オレなんかより全然凄えわ。こいつには一生、勝てそうにないな。


「っていうか、よくそんな状態でキャラメイクできたな……」

「あぁ……何か頼み込んだら、やってもらえたぞ?」


 何食わぬ顔で再び目を閉じる氷人にオレは、「え? やってもらえたって……誰に?」と尋ねる。


「誰って……『死神』しかいないだろう?」

「死神? 死神って……何? 何の?」

「そうか……普通なら意識のないまま邂逅する故、知る由もないか。死神とは冥界に潜みつつ魂の選別を行い、この世に転生者を送り込んでくる張本人だ」


 新たなワードにキョトン顔でレイの方へ向くと、「いや……私もこの情報は初耳です」と首を横に振り、オレは氷人へとゆっくり視線を戻していく。


 死神ねぇ……普通なら信じられんような話だが、こいつは嘘をつくような奴じゃねえ。ってことは本当に居るんだろうな……死神ってやつが。つまり、そいつが氷人のキャラメイクを代行したと? ほうほう……


 オレは値踏みするように氷人の顔を見ると、徐々に視線を下へとずらしていき、先程から存在感を発揮している胸部に目を留める。


「む? 何やら、いやらしい視線を感じる」


 うむ……しかし、立派なものだ。いや、何とは言わんが……死神とやらも存外、好きものらしい。訳の分からん能力を説明書もなしに植え付けた、いけ好かない奴だと思っていたが……今は親近感しか湧かない! よし、許す! その補って余りあるセンスに免じて、今までの非礼は無かったことにしてやろう。


「旦那、そろそろ本気で殺しますよ?」


 オレの髪の毛を引っ張り上げては、射るような眼光で殺気を飛ばすレイ。そんなオレらのやり取りに「ん? どうかしたか?」と、氷人ちゃんは小首を傾げて見せる……可愛い。


「いや、何でもないさ。今一度、君を見て確信しただけだよ……自分の気持ちにね? だから改めて言わせてほしい……結婚しよう!」

「嘘つけェッ‼ さっきからテメエ、おっぱいしか見てねえだろうがッ‼ このド変態があああッ‼」


 荒れ狂うレイはオレの襟を掴むと、その細い腕で宙に持ち上げては、鬼の形相で怒号を飛ばしまくる……何回目だよ、これ?


「小生は構わんが……まあ、それは追々話すとしよう」

「そ、そうか……じゃあ取りあえず、おっぱいだけでも前借りで――」

「よーし、殺すッ‼ 今すぐ殺すッ‼ 旦那を殺して私も死ぬうううッ‼」


 その発言に騒々しかった宿屋内が一気に静まり帰る。


 流石に騒ぎ過ぎたかとオレらが辺りを見回すと、周囲の連中はまるで時が止まったかのように、出入り口付近に驚愕の視線を送っていた。


 何事かと釣られるようにオレらも視線を移すと――


「フッ……相変わらず賑やかだな。お前の周りは……」


 ――そこには風俗店に似つかわしくない、清廉潔白を絵に描いたような男……カタリベが本を片手に佇んでいた。

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