第66話 早めの再会
「それでは、ごゆっくり……何かあればお申し付けください」
ヘマちゃんが綺麗なお辞儀をして立ち去ると、視線の先……隅のテーブルで座っていたその男が席を立ち、ポケットに手を入れるスタイルでゆらゆらと此方へ近づいてくる。その瞳を閉じたまま。
「まさか、こんなに早く再開するとは思わなかったぞ……ダン・カーディナレ」
「氷人ッ……!」
その姿を見たオレとレイは警戒を強め、眼前に佇む氷人へと視線を固定する。
「そう殺気立つな。死合いをしに来たわけじゃない。貴公には感謝をしに来たんだ」
「は? 感謝? 何の……?」
オレとレイは顔を見合わせ、多少警戒を解いて席に座ると、氷人も隣の席に腰を下ろす。
「小生……今まで引き分けたことはあれど、負けたことなど一度もなかった。
「………………」
オレは思わぬところで劣等感を感じた。オレより強いくせに、オレよりポジティブで、オレより強さを求める。オレは他の奴に手伝ってもらって何とか持ち直したってのに、こいつは一人でその『想い』に辿り着きやがった。今まさに完全敗北の烙印を押された気分だぜ。
「どうした? もしや酒は苦手だったか?」
だが、オレだっていつまでもクヨクヨするつもりはねえ。もう決めたんだ……いや、不死身になったあの時、既に誓ったじゃねえか。『一度やられても、二回目で必ず勝つ』ってな。だから――
「……次は負けねえ」
「ん? 何か言ったか?」
呟くように言った台詞は、誰に聞かす訳でもなく、己が心の奥底に納める。
「別に……何でもねえよ。せっかくだから、お前も一緒に酒飲めや」
言い終わるや否やレイが率先して動き、用意されたグラスに酒を注ぐと、三人で乾杯をしつつ各々口に運ぶ。
「へっ……さすが高価な酒だ。美味い」
「あれ、旦那。前みたいな食レポはしないんですか?」
「本当に美味いモンと出会った時、余計な言葉なんて必要ないのさ。ただ、その瞬間を噛み締める……それだけでいい」
周囲の喧騒と反するように三人は静かに酒を嗜み、一口……また一口運んでは身体中に沁み込んだ旨味を、感嘆の吐息として体外へと放出していく。
「フッ……気に入ってもらえたようで何よりだ。これでもう我々は『友』と呼んでも差し支えなかろう」
一足先に飲み干した氷人はグラスを置き、未だに閉じたままの瞳で此方を見据える。
「友? 何でテメエなんかと……昨日、殺り合ったばっかだろうが」
「昨日の敵は今日の友さ。我々は共に高め合える存在……これを友と呼ばずして何と呼ぶ?」
まるで主人公のようなセリフを吐く氷人に対し、オレは眼前のテーブルにグラスを叩き付ける。
「フン、やだね! 何で野郎なんかと……っていうか、お前って元々、妖刀だよな? 性別とかねえ筈なのに、何で男にしちまったんだ? 女の子だったら喜んで友達以上になったんだけどなー?」
「仕方なかろう? 小生が妖刀だった時の我が主が女性だったのだ。常に一緒に居た所為もあってか、その感覚が身についてしまってな。故に此度は逆の男になってみたかったのだ」
「はぁ~……話しにならん! 男か女だったら普通、女になるだろうが⁈ 女なら一緒にお風呂も入れるし、おっぱいだって合法的に揉める! それだってのに、お前は……何も分かってない!」
呆れにも似た怒りを拳に乗せてテーブルに叩き付けると、レイが「最低……」と軽蔑の眼差しを向けてくるが、最早慣れ切ったリアクション故にオレは華麗にスルーする。
「しかしだなぁ――」
「チェンジで……」
氷人は「……え?」と困惑した面持ちで、俯きざまに発したオレの言葉に小首を傾げる。
「性別チェンジで」
「いや、そんなのできるわけ――」
「お前、確か昨日キャラメイクがどうとかって言ってたよな? 最近のゲームじゃ、後々キャラ変更できるってのが通例だ。それにお前が転生した時に得たのはその身体だろ? っつーことは自分の身体を好き勝手いじったり、創り直すことだってある程度容認されるはずだ! 違うか⁉」
氷人が「うむ、確かに……」と腕を組みながら頷くと、レイが「納得しちゃダメですよ~、氷人さん」と横から茶々を入れる。
「だが『一度男に生まれた以上、そのケジメは取らねばならない』……貴公がそう言ったであろう? 小生、あの言葉に感銘を受けて――」
「ないないない! そんなのないって! 男ってのは基本おっぱいのことしか考えてない、もうどうしようもない生き物なんだって! だからもう、すぐ女の子になった方がいい! 今なった方がいい! もしなれないってんならオレは、お前と一生友達にはなってやらん‼」
ビシッ‼ と指をさしながら間髪入れずに言葉を畳みかけると、レイは「昨日、死んどけばよかったのに……」と呟くように侮蔑し、オレは又もや華麗にスルー……いや、今のはちょっと傷ついたな。
「わ、わかった……やってみよう。だが、もしなれたら……その時は友達になってくれるか?」
「ああ! なるなる! なるどころか明日、結納さ!」
「そ、そうか……よし! では行くぞ?」
決意を新たに己を改造しようとあれこれ奮闘し始める氷人に対し、オレは溜息交じりで――
「いやいや、こんな所でやったら楽しみがなくなるだろう? トイレでやってこいトイレで」
――と即刻便所へと誘導する。哀れな氷人ちゃんは何の疑いもせずにトイレへと入っていき、その隙を見計らったオレは残っていた美酒を一気に飲み干した。
「よし! 今のうちに帰るぞ、レイ!」
「あれ……氷人さんの女姿、見なくていいんですか?」
「馬鹿野郎! あんなもん出任せに決まってんだろ? アイツを撒く為の嘘だよ、嘘! あんなヤベえ奴と関わってられるか! さっさと撤収だ!」
地味に「え~!」と残念がるレイを「早よ立たんかい!」とオレが強引に引っ張り、入り乱れる座った客たちを掻き分けて足早に出入り口まで歩いて行くと――
「おや、お帰りか? お客人」
――真ん丸お目めのレキが小さな腕を組みつつ、オレたちの前に立ち塞がった。
「おお、ガキんちょ。チェックアウトだ。酒代はアイツ持ちだから問題ねえよな?」
「そっちの方は問題ないが……お客人の方は帰らせる訳にはいかないな?」
「え? 何でだよ?」
「ここで帰らせると、また殺し合いが起こる。それも昨日より激しいものが……そうなれば、お客人は今度こそ確実に――死ぬ。それでは、もうすぐ来るあの方も悲しかろう?」
また意味深な台詞……これが発動すると何か妙なことが起こり、こっちはもう流れに身を任せるしかなくなる。気に入らねえ……
「だが、今わしが止めたことで、お客人の未来が確定した。良いものが見れるぞ?」
顎を使って後方を指し示したレキは持ち場へと戻っていき、それを見送ったオレたちは釣られるように振り返ると……そこには――
「どうだ、ダン……? 変じゃない……かな?」
――恥ずかし気に頬を赤く染めた可愛い女の子がいた。
前髪が若干伸びつつ閉じた目元は幾分か和らぎ、肩から腰……尻にかけては美しい曲線を描く妖美な身体。全体的に細身になり、強者のスタイルは何処へやら……そんな変わり果てた氷人がいた。
そして何より注目すべきは、そのあまりにも大きい……生えていたおっぱいだった。
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