第50話EX いつか、きっと……
カタリベ様との対話を終えて戻ってきた私は席に座ると、神妙な面持ちの旦那が腕を組みながら待っていた。
「どうしたんですか、旦那……?」
「ん? いや……お前がトイレ行ってる間に、色々考えたんだけどよ……」
「え……?」
いつもとは雰囲気の違うトーンの低い声を発する旦那に、私は鼓動が徐々に張り詰めていくのを感じる。
「やっぱりこういうのって、ハッキリさせといた方が良いと思ってな……」
もしかして……やっぱり自分の
「お前ってさ……」
そんな……嫌っ……離れたくないっ……! だって……私は――
「男子トイレ、女子トイレ……どっち使ってんの?」
「……は?」
私は俯いていた顔を上げながら、思わず素っ頓狂な声を出してしまう。
「いや、だから男子トイレと女子トイレ――」
「いや、それは聞こえましたけど……え? 何でそんなことを……」
「そんなことって……お前が変態かそうでないかの大事な話だぞ⁉ 分かってんのか⁈」
一体何を言って……あ、そうか……旦那は私が女だって知らないのか……どうしよう……
「あの……その~……」
「いや、待て……閃いた! 女子トイレにカメラを仕掛けるんだよ!」
「は?」
「お前ほどの器量があれば、潜入しても絶対バレる心配がない!」
「は?」
「そして撮った映像を世界中のモテない男どもに売りまくるんだ!」
「は?」
「これなら楽に金儲けができる! どうだ⁉ いい考えだろ⁉」
テーブルから身を乗り出すように立つ旦那に、私は俯きながら肩を震わせていた。決して怒っていたからという訳ではない……呆れて笑っていただけだ。この人は会った時からずっと変わらない……だから私もいつも通り、こう返す――
「いいわけないでしょ! このド変態がっ‼」
相変わらずくだらないボケをかます旦那に、私も罵声交じりのツッコミで立ち上がる。
「ハァ⁉ 誰がド変態じゃい‼ 未だに性別不詳な、お前の方がよっぽどド変態だと思うがな! それとも何ですか? 自分が女だからそう言った発言をなさるんですか?」
「そうは言ってないでしょうが! 大体、旦那は一々細かすぎるんですよ!」
「細かかないだろ⁉ つまりアレか? お前は男ってことか⁉ だとしたらこのオレの崇高な計画に賛同するはずだ! 違うか⁉」
「違うわっ‼ 男でも乗らないわ、普通っ‼」
一頻り言い合った私たちは、いつも通りの流れに息を切らしつつ、お互い溜息をつきながら座った。
「お前、相変わらず頑なだな……いい加減ハッキリしたらどうだ? 髪飾りなんぞつけてるくせに……」
「え……? 気づいてたんですか?」
「そりゃあ、気付くだろ……」
私は左側頭部につけている髪飾りに触れながら気恥ずかしさで頬を赤らめる。
「似合ってない……ですよね……?」
「は?」
「あはは……いいんです。自分でも分かってるんで……」
最近まで男のように生きてきた自分なんかに似合うはずもない……そう思った私はすぐに髪飾りを外そうとすると、旦那が溜息交じりに首を横に振る。
「わかってないね~、レイ君。そういう装飾品は自分に自信をつける為に身に着けるもんだ。似合う似合わないの問題じゃねえ」
「旦那……」
確かに……初めてこの髪飾りを貰ったあの時の私は、綺麗になった自分の姿をお父様に見てほしいと、自信に満ち溢れていたっけな。
「それによぉ……ちゃんと似合ってるぜ? 髪飾り」
さりげなく言われたそんな台詞に、私の頭からは煙が噴き出し、顔は真っ赤っかになっていた。
「なっ……! ななな何言ってるんですか! この変態!」
「どこら辺がっ⁈」
いかん……動揺して思わず変なツッコミをしてしまった……何をやってるんだ私は……そんな自分に反省して、また溜息をつく。
「やっぱり……気になります?」
「気になるって……何が?」
「それは私が……女なのか……男なのか……何者なのかーとか……」
目線を逸らしながら問う私に、旦那は頭をポリポリ掻くと、背もたれに寄りかかって宙を見上げる。
「別に……」
「別にって……でも毎回しつこく聞いてくるじゃないですか?」
「あれはまあ……その場のノリみたいなもんだ。本当に聞きたいわけじゃねえよ」
「そうなんですか? 本当のところ私のことが気になってるんじゃないですか? 気になって夜も眠れないんじゃないですか?」
「そこまで思ってないわ! っていうか、そう言うお前こそオレのことが気になってんじゃねえのか⁈」
図星を突かれた私は又もや顔を真っ赤にし、俯きながらしばらく黙り込んでしまう。
「黙るなよ⁉ なんか変な感じになるだろうがっ⁉」
「ちっ、違いますよ⁉ 別に旦那のことなんて、バカで変態で気持ち悪くて卑怯で自分勝手で女の子に目がなくて頭空っぽ――」
「ちょっちょっちょっちょっ!……えっ、何? そんな風に思ってたの……?」
「あ、ごめんなさい……でもそれはあくまでも前までの話で、今はちゃんと信頼してますよ? うん!」
「今まではしてなかったのね……あぁ……そうですか……」
見るからに元気をなくした旦那は、項垂れるようにテーブルに突っ伏す。
そんな旦那を余所に私は残っていた酒を飲み干し、その力を借りるかのように意を決して再度問いかける。
「それで……聞きます? 私のこと……」
旦那は顔だけを上げると「聞いた方がいいのか?」とジト目で答える。
「いや~……その~……」
私は迷っていた。正直に言ってしまえばいいのだろうけれど……言ったら違うような……言ったら旦那が離れてしまうような気がして……言えない……女の勘というやつだろうか?
「まあ、言いたくないなら話さなくていい。それに話されたところで、オレは自分のことを話してやれない。なら今のままの方が対等でいいとオレは思うけどな?」
対等か……確かに……旦那は過去を追い求めないと言ってはいたけど、自分のことを全く知りたくないなんていうことは……きっとないだろう。旦那は私と並び立つと言ってくれた。それなのに私だけ自分のことを話すなんて、それこそ対等とは言えないだろう。
「そう……ですね」
だから私は話さないことにした。寂しいと言えば……少し寂しい。
「よーし! じゃあ、話は終わりだ! 今日はとことん飲むぞー! 朝まで付き合えよ? レイ!」
でもいつか……旦那が
たとえそれで離れ離れになるとしても……私は……この人に――
「付き合いますよ……最後までね!」
そう……この想いを……いつか、きっと……
第一章 完
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