第47話 騙された女

「一部ってどういうことよ……! まさかこの私を裏切るつもり⁉」


 突如旦那から告げられたその提案に、ダーシーの声色は徐々に怒気を含んでいく。


「オレは一言も全部なんて言ってないぜ? 八・二で分けるって言っただけさ」

「旦那……」


 まさか私の為に……? でもこの卑劣さに拍車がかかった表情は……どちらだろうか?


「冗談じゃないわ! そんな話が通ると思ってんの⁉ それにアンタは私の計画を邪魔したのよ⁉ 今度ばかりは忘れたとは言わせないわ!」

「忘れてないさ。監獄でオレが手を出しちまったことで、お前はグリーズ家に潜入する為の切符を失った……だからオレはお前の計画を手伝わなきゃいけない。そうだろ?」

「ええ、そうよ。もしここで私を裏切るなんてことがあれば、それこそ筋が通らないと思うけど? それはアンタの生き様に反するんじゃない?」

「うむ、確かにそうだ。だがそれはあくまでも、お前の計画を邪魔した場合の話だろ? でももし……そうじゃなかったら?」


 そんな意味深な態度にダーシーは「どういう意味よ……?」と聞き返すが、対する旦那はポケットに手を入れながら卑劣な笑い声で応えるだけだった。


「気に入らないわね……言いたいことがあるなら、さっさと言いなさいよ!」

「言われなくてもそうするさ。ではまず一つ目……グリーズ家へ潜入する為の切符を失ったお前が、レイの情報を手土産に一人で乗り込んだにもかかわらず、財宝を独り占めしなかったのは何故なのか?」


 旦那はダーシーに対して手の平を上にし、指し示しながら答えを促す。


「それはアンタら来ることが分かってたんだから、利用した方が確実性が増すからに決まってるでしょ?」

「なるほど……じゃあ聞くが、お前元々一人で潜入する予定だったんだろ? どうやって財宝分捕るつもりだったんだよ?」

「どうやってって……私は転生者よ? 得た能力でどうにでもなるわよ」


 旦那はダーシーのその発言に対し、人差し指を自分の横顔にピンと立たせ、まるで探偵かのように推理を始める。


「そう、それが引っ掛かってたんだ。お前は転生者で力を持っていて尚且つ金にがめつい性格。得た能力でどうにかできるなら、それこそ一人でやれば良かったはず。そうすりゃあ財宝を全て自分の物にできるし、そもそもこんな言い合いにもならなくて済む。なのに何故一人でやらなかったのか?」


 旦那のその言葉は意外と核心を突いていたのだろうか……ダーシーを沈黙させていた。


「答えは簡単……お前一人じゃ、この計画を遂行できなかったからだ。違うか?」

「は……? 何を根拠に――」


 思考の暇を与えぬかのように旦那は言葉を遮ると、ダーシーの周囲を緩やかに歩きながら推理を続ける。


「では二つ目……グリーズ家には精鋭部隊やシーフズの連中が山ほど居たはずだが、戦闘タイプの能力でないお前がこれらを掻い潜りつつ、生体認証で閉ざされた金庫の扉をどうやって突破するのか?」


 旦那はダーシーに対して手の平を上にし、指し示しながら再度答えを促す。


「っ……ちょっと待ちなさいよ! 私の能力はアンタには見せてないはず……」

「忘れたのか? 晩餐室でオレが能力について聞いたとき『単純に私のは戦闘タイプの能力じゃなかった』って言ってたじゃねえか。それにその腕輪の科学宝具が何よりの証拠……戦闘タイプの能力ならそんなモンは要らないはずだしな。そうなると、お前は補助タイプの能力持ちということになる。だが、一人でできないことを鑑みると、何らかの制限や条件があるんじゃないか?」


 追及されたダーシーは慌てて腕輪を隠し、額には見るからに動揺の汗が滴り落ちていた。


「ちっ、違うわ! 本当は私一人でもやれてた……でも実際に潜入したら、思った以上に厳重だったの! だからそう……安定を取ってアンタらと共闘しようと――」

「ダーシー……それも晩餐室で聞いたよな? この屋敷の情報を短期間で集めたことについてだ。それに対してお前は『予め集めてたに決まってる。グリーズ家にお宝が貯め込まれているのは周知の事実。私はずーっと目を付けてたんだ』……そこまで言い切ったんだ。それなのに実際に潜入したら随分違いましたってか? まあ、そう言いたい気持ちもわかる。これだけの財宝を人目を掻い潜って一人で運び出すのは骨が折れるだろうからな。グリーズはいけ好かない野郎だが、その点については頭が回っていたんだろう。マイクロチップに何でも入れられるこの世界で、大量の財宝をそのままの状態で置いているのは、お前のような奴に簡単に盗ませないようにする為だろうからな。しかし、だからと言ってその言い訳はちょっと苦しいんじゃないか?」


 自分の不利になることについては好き勝手に忘れているのに、他人の不利になることについては次々と嫌味なほどに記憶を掘り返していく旦那。そんなネチネチと攻め立てる旦那に対し、ダーシーの表情には若干の恐怖感が窺えた。


「アンタ……何でそこまで……まさか⁉」

「気づいたか? オレは晩餐室でただお前とお喋りをしていたわけじゃない……尋問してたんだよ。欲しい情報を引き出すために」


 凄い……旦那がまるで頭のいい人に見える。失礼かもしれないけど……


「では最後の三つ目だ……そんな八方塞がりのダーシーちゃんは何故監獄で捕まってまで、グリーズ家潜入への切符が欲しかったのか?」


 旦那は又もや手の平を上にし、指し示しながら最後の答えを促すが……ダーシーは苦渋に満ちた表情のまま反論できない。


「そう、欲しかったのは切符じゃない……オレの力だ。お前は最初っから転生して能力を得たオレを、計画に組み込む為に近づいて来たんだ。あの日エリザベートの屋敷で出会ったのも監獄でオレに助けられるのも、最初っからグリーズ家の財宝を手に入れる為の駒が欲しかっただけだ」


 沈黙していたダーシーは、最後の悪足掻きと言わんばかりに、その口を開く。


「そっ、そんなのアンタの推測でしょ⁈ 証拠はあるの⁈」


 まるで探偵物の犯人のような口ぶりである。


「証拠は……ある。オレ達が監獄から脱獄した後、レイが今年の転生者について話した時、お前はある台詞を口走った」

「は……? 私が何を……」

「今年は転生者が三人来てる。一人目はダーシー、三人目はオレ、そして二人目は……」


 一旦言葉を止めて旦那が見つめると、ダーシーの顔が見るからに強張っていく。


「思い出したかダーシー? お前は二人目に言及された時、いの一番にこう言ったんだ……『アイツは使えないわ』ってな。当初お前は真正面から二人目を勧誘しようとしたが失敗したんだろう。だからこんな回りくどいやり方で、オレを強制的に計画に引きずり込んだんだ……断れないようにするためにな。そうじゃないと『使えない』なんて台詞は出ない。他人を利用しようとしている奴じゃないとな」


 私の言ったこともそうだけど、よくここまで覚えているものだな……実は旦那の前世は探偵だったりするのかな? 


「つまりオレはまんまとお前に騙され、計画通りに動かされたどころか、手助けまでしていたわけだ。しかし、そうなってくると前提条件が変わってくるよなダーシー? もし全てが計画通りだとしたら、お前の言うことを聞く義理はなくなる。だってオレは最初から邪魔をしていないんだから……」


 旦那の推理が終わるとダーシーはしばらく宙を見上げ……


「まさかそこまで読まれてたなんてね。上手くいくと思ったんだけどなぁ……」


 まるで観念したかのようなため息をつき――


「……私の負けよ」


 

 ――憑き物が落ちたように降参した。 

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