第45話 やっちまった男

 グリーズ家との戦いは幕を閉じた。

 

 怒涛の連撃によって眼前には巨大な穴が開いており、激しく損壊した箇所から月明かりが差し込むと、まるで今のダンを浄化するかのようにその姿を照らす。

 己の背中に生成した無数の腕はグリーズを殴り続けた衝撃によってか、はたまた役目を果たしたからなのかボロボロと崩れ去っていた。

 最上階から轟いた音が城下の人々の眠りを妨げたのか、周囲の家々は次々と明かりを灯していき、外に出てきた民衆は何事かと城を見上げていた。


 そんな城下を眺めるダンは異様な気配を感じ、後方を振り返ると――


「やあ、ダン・カーディナレ。どうやら終わったようだな」


 ――そこには初代転生者のカタリベが本を片手に佇んでいる姿があった。


『何故アンタがここに……?』 

「ちょっとした野暮用があってな。此処へ寄ったのはついでさ」

『ついで……? もしかしてのことで来たのか?』


 ダンは自分の体から出ている黒紫色のオーラを見せびらかすと、カタリベはその澄み切った視線で上から下まで満遍なく見定める。

 

「それもある。だが、思ったよりも落ち着いているようだし……さして問題はないだろう。精々に飲み込まれないようにな」

『安心しろ……が何なのかは分からんが、キレて暴走なんて芸のねえ真似しないさ……で? 要件はそれだけか?』

「あともう一つ……此処へは礼を言いに来たんだ。まあ、この要件もついでなんだがな」


 とても感謝しているような態度には見えないカタリベと視線を交わすと『そうかい……』とダンは見透かすような目線で一言だけ返す。


「……聞かないのか?」

『どうせまたはぐらかすだろ? こっちで勝手に解釈するさ』

「フッ、そうか……まあ礼と言ってはなんだが、何かあったら一回だけ手を貸してやる。普段私は他者に干渉しないが……お前は特別だ。では失礼する――」


 カタリベはまるで瞬間移動の如く、その言葉を最後に姿を消した。


『ハァ……ったく……結局なんなんだアイツは? 何であんなに偉そうなんだか……』


 ダンは息を整えて気持ちを落ち着けると、黒紫色のオーラは徐々に静まり帰り、逆立っていた髪の毛も緩やかに沈んでいく。


 突然の来訪者が去ったことで、ようやく辺りには静寂が訪れる……かと思いきや――


「うおおおお! ヴェンデッタ家の新たな婿は何処じゃあああっ‼」


 蹴破られた筈の扉から蹴破るような勢いで入場したのは、御年七十七歳の元気すぎて逆に引くレベルのお婆ちゃんこと、ガイア・ヴェンデッタであった。


「ちょっとお婆様! 勝手に突っ込まないの……ってあれ?」

「何よ……誰も居ないじゃない」


 遅れて付いてきたレイとダーシーは、辺りの閑散とした状況に困惑していた。


「よお、遅いぞお前ら! こっちはもうとっくに終わってたぜ?」


 そう言ながら手摺を乗り越えて一階に降り立つダンは、先程までのドス黒さが消えたいつものような態度で、レイたちの下へと歩いて行く。


「終わったって……旦那一人でやったんですか?」

「おいおい、今更そんな当たり前なことを聞くんじゃないよレイ君! オレの行く道には圧倒的勝利という文字しか存在していないんだから……な!」


 これ以上ない程の自信に満ちたキメ顔を披露したつもりだったが、ダンのそれはガイア以外の不評を見事に買って見せる程にウザかった。


「イラつくわね~その顔……そういう時はもうちょっと謙遜しなさいよ。それにアンタのことだから、どうせ卑怯な手でも使ったんでしょう?」

「ダーシー……卑怯な手でも勝ちは勝ちだ。頭を使って最小限の力で勝利を収める……これも立派な戦略さ。お前なら分かってくれると思ったんだがな……」


 ダーシーの肩に同意を求めようと手を置くが「一緒にすんな」という一言と共にパチン! とその手をはたかれてしまう。


「いいじゃない、いいじゃない! 元気いっぱいで! ヴェンデッタ家の婿になるんだから、それくらい強かじゃないとね!」


 ガイアはダンの体つきを調べるかのように、両肩から上腕まで手で揉みながらスキンシップを図ると「ちょっとやめてよ! お婆様!」とレイが恥ずかしそうに止めに入る。


「いや~流石に捕らわれのお姫様を助けたからって、惚れられた相手が婆さんじゃなー……せめてもう少し若けりゃあ考えんでもないんだが……」

「いやいや、相手は私じゃなくてうちの孫――」

「ああぁぁっ‼‼‼ それは言わなくていいからっ‼‼‼ そんなことより今はやることがっ……‼」

 

 レイは白い肌を真っ赤に火照らせながら会話を遮ると、無理やりガイアの口を塞ぎつつ強引に引き剝がした。


「そう、そんなことはどうでもいいの。私たちの目的は財宝を手に入れることでしょ? それで? 当のグリーズは何処にいるの、ダン。早く教えなさいよ……ね?」


 いつもはキツめなダーシーも財宝を前に、どこか可愛らしい表情で聞いてくるが……


「え? 何のこと?」


 当のおバカさんはまるで見当がついてないと言わんばかりのアホ面を披露し、対するダーシーはしばらく沈黙すると目をパチクリさせながら徐々に真顔になっていく。


「……ん? あれ……私……言ったわよね?……金庫を開けるには生体認証が必要だって……」

「………………」 

「アンタ自分で言ったわよね?……グリーズ本人連れてこなきゃいけないのかって……」


「……あ」


 完全に今思い出したかのような顔から、見事にやっちまった感の溢れる顔になり、仕舞いには額に手をやり俯いてしまった。


「……おい」

「いや違うんですよ」

「何が?」


 いつもより更にキツめの顔で睨みを利かすダーシーに、ダンは頭をポリポリ掻きながら言い訳の為の思考をフル回転させる。


「いや~なんつーのかな……勢い?」

「は?」

「勢いでやっちゃった……みたいな? そういうことって人生でないですか? 僕はあります……今まさにね――ガガガガガッッ⁈」


 ダーシーの指先から轟音と共に電撃が放出されると、ダンは感電したかのように体をピクピクさせながら倒れた。


「テメエッ‼ このクソボケェッ‼ 余計なことしてくれたなッ⁉」


 ダーシーは先程垣間見せた可愛らしさが嘘のように、倒れているダンの襟を掴んでは首をブンブン振り回してご覧に見せた。


「ちょっ――ちょっと、待っ――」

「テメェが余計なことしなけりゃ、今頃財宝横取りできてたんだよコラァッ‼」

「あぁ――なんか前にもっ――似たようなことがっ――」


 私を助けてくれたあの時のカッコ良かった旦那はどこへやら……そう思ったレイは複雑な心境のまま、罵声を浴びせられている哀れなダンに助け船を出す。


「落ち着いてくださいダーシー。旦那には変形の力がありますから……新たに扉を創って入り込むことだってできるかもしれませんよ?」


 ダーシーは一旦レイを睨みつけると、呪いの人形のようにねっとり首を動かし――


「本当でしょうね? 噓だったら……ブッ殺すわよ……!」


 ――悪鬼羅刹の如き顔でダンを睨みつけた後、ようやく襟から手を離した。


「えへっ……えへっ……ええぇぇぇぇん‼‼‼ レイくぅぅぅん‼ 僕だって一生懸命頑張ったのにぃぃぃぃ‼‼‼」


 ダンは赤ん坊のように泣き喚くと、レイの胸に情けなく縋り付いた。


「ああぁ……もう……! くっつかないでくださいよ旦那!」


 そう言いつつもどこか嬉しそうに頭を撫でてしまうレイ。


「なんでアンタは頭撫でてんのよ⁉ そしてお前はいい年して泣くな‼ さっさと行くわよ‼」


 まるで子供たちを叱る母親の如きダーシーは、怒りを体現するかのような大股で扉方面へと歩き出す。


「うふふ……若いっていいわね……」


 一体何処を見てそんなセリフが出てくるのか謎なガイアをスルーしつつ、一行は財宝が眠っているとされる西棟へと戻ることにした。

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