第34話 復讐の名を継ぎし者

「お母様! お母様ッ! 嫌だよ! 一緒に逃げようよ⁉」


「駄目よレイ……一緒に逃げると追い付かれちゃう。私が何とかするから、あなたはお義母様と――」


「嫌ッ! 嫌よッ! そうだ、お父様は……? お父様はどこっ⁈」


「レイ……あの人はもう……」


「どうしていないの⁈ お父様はヒーローなんでしょ⁈ どうして……どうして来ないの⁈」


「レイ……」


「クリュメネさん! もう火の手がそこまで来てるよ! 早く逃げないと!」


「――ッ⁉ お義母様……レイを連れて逃げてください。ここは私が……」


「いけない! あの子だけでも辛いってのに貴女まで失ったらレイは……」


「私のことは心配しないでください。だから、レイのことをどうか……」


「だったら私が――」


「お義母様では無理です。そのような精神状態では、科学宝具は使いこなせません」


「それなら尚更、貴女だって――」


「私は帝国の貴公子の妻。このような覚悟は常にしておりました。だから……レイのことをお願いします」


「でも――」


「お義母様ッ‼ これ以上は……言わせないでくださいっ……!」


「くっ……! 行くよレイ!」


「嫌ッ! 嫌よ、お母様ッ! お母様あああッ‼」 


「強く生きてね……レイ……」





 ……ここは……どこ……? わたしは……?


 重い瞼を開けた瞬間、頭の中に霧がかかり――


 うっ……⁉ さっきのは……夢……? 誰……? 誰なの……? わたしは……誰……?


 ぼやけるような感覚が、重い瞼をより下げる。


「よお、お目覚めか……レイ?」


 誰かが語り掛けてくる……誰?


「わたし……は……?」

「今度はねぇ……昔の夢でも見てたのか? フッ、どうやら解け掛けてきてるみたいだな。やはり俺の見る目は正しかったようだ」


 何を……言ってるの……?


「さあ、起きるんだレイ。いや……『レイチェル』」

「レイ……チェル……?」


 その名を聞き、虚ろだった意識が、徐々に覚醒を始める。


 重い瞼を見開いたその場所は、先程までの煌びやかさとは正反対の、小さなランプが疎らに設置してある薄暗い大広間だった。しかし、後方の大きなステンドグラスから、広間の中心を照らすように月明かりが差し込み、そこまで暗闇を感じることはなかった。


 そして、その明かりを囲むようにシーフズが集結し、眼前にはカルミネが視線を合わせる為か、立ち膝をしながら此方の顔を眺めていた。


「フッ、大丈夫か? ちゃーんと頭働いてるか?」

「カルミネっ⁈ 貴様ァッ!」


 カルミネを見た瞬間――衝動に駆られて飛び掛かりそうになるが、後方から一気に引っ張られるような感覚で、あっしの体はすぐに壁に押し戻されてしまう。

 

 引っ張られた痛みで顔を歪めつつ上を見上げると、両腕は鎖によって上げた状態のまま拘束されており、先程の電撃を受けた後遺症もあってか、体が思うように言うことを聞かなかった。


「クソッ……!」

「おうおう、一丁前に元気だけはあるな。いいぞ……そうでないと売り物にならねえ」

「売り物……だと……?」

「そう。お前はこれから売られるんだ。帝国の貴族に……」

「え……?」


 一瞬、何を言われているのか理解できず、表情がこわばる。


「まあ、何が何だか分かんねえよな? そんな顔になるのも仕方のないことだ」

「………………」

「だが、お前は分かっている筈だ。いや、覚えている筈だ……と言った方がいいか。お前はただ、忘れてるだけなんだからな」

「は……? 貴様があっしの何を知ってると言うんだ⁈」

「また、に戻っちまったな。なあ、レイ?」


 周囲に屯ってるシーフズの連中も、その反応を見てニヤついた表情を浮かべる。


「一体、何を言って……」


 まるで解せないその言動……しかし何故か心臓の鼓動が徐々に不規則になる。


「じゃあ聞くがレイ。お前……」


 カルミネは黒き瞳をあっしの双眸に突き刺さしながら――



「男、女……どっちだ?」



 ――何度聞いたか分からない、その問いを口にする。


「そんなの……今、関係は……」

「そうやって誤魔化すのが何よりの証拠だ。記憶の混濁が起こって性別すら、あやふやになってやがる。いい加減思い出せよ? もうその『暗示』は解け掛けているんだからな」


 暗示……? 何なんだ……それ……? わたしは何も……あれ? わたし? あっし?


「レイ、覚えてるか? お前が初めて俺らシーフズの島に単身乗り込んできた時のことを。あの時のお前ときたら銃捌きといい身のこなしといい、まるで帝国の貴公子そのものだった……なあ?」

「……当たり前だ。あっしは、あの方に憧れて……あの方みたいになりたくて……だから、必死に練習して……」


 絞りだしたその言葉は途切れ途切れで、カルミネからは視線を逸らしては俯く。何なの? わたしの心が徐々に崩れ落ちていくような……この感覚は……?


「そしてお前は俺らの眼前に立ち塞がったあの時、こう言い放ったんだぜ?……『はレイ・アトラス』……ってな?」

「俺……?」

「分かるかレイ? お前は自分自身に『暗示』スッジェスティオーネプロトコルをかけたんだ。両親を失った悲しみから逃れるため……そして自分ののようにになるために――」

「違うッ‼ 俺に親はいないッ‼ 孤独だった俺を婆ちゃんが拾ってくれたんだッ‼ だから俺は婆ちゃんを――って、あれ……俺……?」

「そう……それがお前自身が創った過去だ。だが、もういいんだレイ。破滅の帝王の側近である『女王』クイーンから情報を得て、もう裏は取ってある。お前の本当の名前は――」


 カルミネは一呼吸置いて立ち上がると、此方を見下ろしながらその口を開く。


「『レイチェル・ヴェンデッタ』。元ドミナッツィオーネ帝国大将にして帝国の貴公子の異名をとる、イアぺトス・ヴェンデッタの……一人娘だ」

「娘……?」

「さあ、思い出せ。己の過去を……」


 カルミネは手の甲を見せると、はめている指輪が怪しく光り出す。


 頭の中に渦巻く本物の『想い』と偽りの『仮面』。それらが混ざり合い……過去の記憶が――廻り始める。

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